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§935 -§936 (続) 常勝思考と竹の比喩

大団円としての幸福の科学5、同6(続) 常勝思考と竹の比喩

常勝思考 : 苦難を糧とする不撓不屈の精神

一部ではあっても現象論的には強い影響力を持つ悪徳マスメディアの暴論に対して「幸福の科学」会員等は、従来の既成観念では「宗教者の美徳をけがす」とも解されるような街頭デモや抗議電話・ファクス、そして遂には、提訴という一般市民的権利の行使にまで前進して行ったが、ここには「幸福の科学」の濃密な知行合一の実践哲学がそのまま活用され実行されていると見ることができる。この実践哲学は「常勝思考」と呼ばれ、「苦難を糧とする不撓不屈の精神」の理論化とされている。それは言うまでもなく、総裁・大川隆法氏の提唱になるものである。その骨子は次のような考え方である。

「 反省と発展をつなぐ理論     
本書のテーマである「常勝思考」の考え方は、私が提唱する「幸福の原理」としての四正道、すなわち、「愛」「知」「反省」「発展」のなかの、反省から発展をつなぐ理論として出されているものです。反省と発展という概念、この両者をつなぐ思考として、常勝思考があげられているのです。

苦難を魂の力にしていく
まず最初に述べたいことは、この常勝思考の原点には、苦難というものの受け止め方において、苦難を肥やしにするという考え方が前提としてあるということです。みなさんの人生の途上において、挫折、失敗、苦難というものが出てくることがあるでしょう。しかし、大きな人生修行の目的というものを考えた時に、はたしてみなさんは、それを避けて通ればすむのでしょうか。これを考えていただきたいのです。そうした苦難や困難を避けるために、この世に生まれてきたのでしょうか。この問いに答えなければいけないと思うわけです。人生の目的を考えてみたとき、実際はそうではないことがわかるでしょう。何百年か、あるいは何千年かに一度、この地上に肉体を持つ理由は、今世、この地上において、新たな環境で、さまざまな人びとに囲まれて、新たな魂修行をしようということなのです。その魂修行のなかには、決して、よいことばかりがあるのではありません。それを当然の前提として、この地上に生まれ出てきているはずです。この世に生まれてきたということは、ものごとがスイスイとうまくいくということばかりが前提になっているわけではなく、いろいろな経験を積み、いろいろな迂余曲折を経ながら、人格が一段と大きくなり、底光りしてくることを目的としているのです。そうした大きな人生の目的というものを中心に考えてみると、この世の苦難や困難といわれるものの正体は、実は違ったものに見えてくるはずです。これが、常勝思考という考え方の立脚点なのです。「人間が永遠の生命を持ち、転生輪廻をしている」という前提に立ったとき、みなさんはこの現象界の事件、あるいは経験というものを、違った観点から見ることができるはずであり、それは自分に対する大いなる糧となる経験のはずです。これが常勝思考という考え方の立脚点です。「あらゆる知恵や技術、発想を総動員して、みずからの前に立ちはだかっている困難に、どのように対処していくか。そして、対処する過程で得たものを、いかにして、魂の力としていくか」-これこそが勝負の眼目であるわけです。
 
人生の時間を制覇する精神
さて、この常勝思考が真にパワーを得てくるためには、どのような考え方が大事であるかを述べておきます。それは、ひと言でいうならば、「不撓不屈の精神」ではないかと思います。人生には、さまざまな浮沈や、光が当たったり当たらなかったり、自分の思いどおりになったりならなかったりするようなことがいろいろとあります。そうしたときに、人びとの行動を分類してみると、明らかに二つに分かれると思います。一つは、自分にとって順風のとき、すなわち自分にとって都合のいい風が吹いている、追い風が吹いているときには調子がいいが、逆風になれば、とたんに舟が進まなくなったり、あるいは転覆したり沈没したりしていく人です。このような人はきわめて多いように思います。また、これとは逆の方もいます。先ほど「不撓不屈の精神」と表現しましたが、最初の念いがどれほど強く純粋であり、持続力に富んだものであるかを教えてくれるような方もいます。人びとの念いというものは、ある時期に一時、盛り上がることはありますが、それが本物であるかどうかは、時間の流れのなかで証明されていくのです。常勝思考というのは、ある意味では、木が生長する姿のようなものかもしれません。木が生長する過程においては、いろいろな苦難や困難があります。強い風が吹いて、葉がとれてしまうこともあります。また、枯れそうになることもあります。肥料が足りなかったり、根を掘り返されたりと、いろいろなことがあります。しかし、どのような苦難や困難があっても天に向かって着実に伸びていくその努力にこそ、常勝思考は求められるべきなのです。」 

節を重ねて伸びつづける竹のエネルギー 
また、別のたとえを使うとするならば、竹という植物を思い浮かべていただきたいと思うのです。竹の姿を見ていると「立派なものだな」と感じることがあります。みなさんは、節があって先になるほど細くなっていくという竹のスタイルを、単なるデザインとして何げなく思い浮かべるでしょうが、「あの節をつくっていく努力とは何だろうか」と私は考えるのです。竹の節は二〇センチか三〇センチぐらいの間隔です。しかし、どの竹も、その節の部分はカッチリとしています。根元からカッチリ、カッチリと伸びてきて、先のほうにいくほど、やわになり細くなって、風に揺れていますが、やわで風に揺れている部分も、時間が経つと、次第しだいに同じような節になっていくのです。そして、さらに大きな節になっていき、その上にもっと細く、先端が伸びていきます。あの竹という植物を見ていると、確実に確実に、節を固めて生長していくのがわかるのです。「ああ、大したものだな」と思います。一〇メートルになろうが、二〇メートルになろうが、竹が竹である理由、竹としての独自性を持っている理由は、あの節にあると私は思います。竹という植物は風に強く、いくら風が吹こうとも、そう簡単には折れないのです。やわであるけれども、単にやわなだけではないところは、いつも完全に勝ちつづけていることにあると思うのです。どれほど風が吹こうが、何があろうが、伸びつづけています。そして、自分が生長したという証拠を確実に刻み、それを私たちに見せてくれています。「これが私の生長した部分ですよ」というものを、はっきり見せてくれているのです。竹はその節をつくっていくときに、いったいどのような気持ちなのだろうか、と想像することがあります。一つひとつ節を積み重ねていくたびに、やはり、「これだけ自分は生長したのだ」という気持ちがあるのではないか、そこに充実感があるのではないかと私は思います。人生の組み立ても、竹の構造とよく似た部分があると思います。一人ひとりの人間は、やはり、竹のように細いものにしかすぎないのではないでしょうか。竹の直径は、太くなったとしても、ほんの二〇センチか三〇センチぐらいのものです。それ以上にはなりません。竹の子として頭を出してきて、その後、次第しだいに伸びていくわけです。このときに、柔らかさを失わず、しかして強さを失わず、強さと柔らかさが共に調和して生長していく、そうした姿が必要だと思うのです。みなさんがめざしていくべきものは、やはりそうした姿ではないかと思います。それは、みなさんが生きているこの三次元という世界が、決して温室のような世界ではないからです。雨も降れば風も吹く、雪も降れば、また日照りの日もある、こうした世界であることは事実です。そして、逆境といわれる時期にこそ、実はいちばんすばらしいものが始まっていると私は思うのです。考えてみれば、人生の転換期には、環境との不調和、他人との不調和が必ず起きます。そうすると精神的に辛いのは事実です。では、これがなければ、ほんとうにいいのかといえば、そのようなものではないと思います。こうした苦しみの時期は同時に、すばらしいものが始まっている時期でもあるーそのように考えることができるのです。こうしてみると、逆境は怖くなくなります。なぜ怖くないかというと、運命の逆境期において、魂はいちばん糧を得ることができる、いちばん教訓を得ることができる、と考えられるからです。これはおそらく、竹でいえば節の部分が出来ている時期に当たると思うのです。竹は、それまで二〇センチ、三〇センチと順調に伸びてきたのに、やがて節をつくらなくてはいけなくなってきます。このときには、おそらく苦しみがあるのではないのかという感じがします。「いままでスーッと伸びてこられたのに……。このままいけばいいのではないか」「スーッと伸びてくれたものが、そのまま一〇メートル、二〇メートルとまっすぐに伸びることができれば、こんなに気持ちのいいことはないのではないか」と感じると思うのです。ところが実際は、二〇センチ、三〇センチおきに節をつくらなくてはいけません。この節をつくるときには、おそらく、抵抗感、停滞感というものが絶対にあるはずです。いままで伸びてきたものが伸びることができなくなるのは、何か妨害のようなものがあるのでしょうか。自分としてはグーッと伸びていきたいのに、節をつくらなくてはいけない、この時期というのは苦しいと思います。苦しくて何だかわからないけれども、そこに天井があるかのような感が出てきて、竹のエネルギーがあふれ、その間にあのような節が出来てくるのです。節が出来てはまた伸びてきて、次つぎと節が出来ます。このときは、苦しいだろうと思います。苦しいけれども、実際は、その節の部分が、竹が無限に伸びていくための大きな土台になっているのです。みなさんは、他人の言葉で傷ついたかもしれないし、経営上の失敗や倒産、病気など、いろいろなことで苦しんだかもしれませんが、五年、十年、あるいはそれ以上たったときに、そのときが、いちばん懐かしい時期として思い出されてくるのではないでしょうか。したがって、苦しいときには、「いま節をつくっているのだ」という気持ちを持って、次への成長の道を歩んでいただきたいと思うのです。」(注1.大川隆法『常勝思考』1989年、新版1995年、幸福の科学出版、PP.188-208。)

『常勝思考』における「竹とその節」の比喩に関する弁証法的理解(正)

 この説明は大変説得的で、かつ、人を強く勇気付け、鼓舞するものであり、私自身も職務上の学生指導・教育という極めて実際的な場面において忍耐と辛苦を要する過程ではこの教えの中から力強いパワーを得てきている。ただ、或る時、次の叙述の内容に関して、一つの疑問が湧いた。「竹は、それまで二〇センチ、三〇センチと順調に伸びてきたのに、やがて節をつくらなくてはいけなくなってきます。いままでスーッと伸びてこられたのに……。このままいけばいいのではないか。スーッと伸びてくれたものが、そのまま一〇メートル、二〇メートルとまっすぐに伸びることができれば、こんなに気持ちのいいことはないのではないか。ところが実際は、二〇センチ、三〇センチおきに節をつくらなくてはいけません。この時期というのは苦しいと思います。苦しくて何だかわからないけれども、そこに天井があるかのような感が出てきて、竹のエネルギーがあふれ、その間にあのような節が出来てくるのです。節が出来ては、また伸びてきて、次つぎと節が出来ます。」

 この「次々と節が出来る」という記述について、私は日本人の食卓に割合馴染みの深いあの「タケノコ」の姿を思い起こした時、意味が分からなくなってしまったのである。というのも、「タケノコ」は確か、未熟ながら節を非常に多数備えているように私には記憶されているのである。タケノコの切り方にもよるが、10個や20個の節は初めから備わっているように記憶されている。そこで念のため、手近にあった百科事典で「竹」の項目を調べてみたら次のようになっていた。

 「たけのこ まだ生長していないタケの幼茎であり、タケの節などの形態はすべてととのっている。タケは、地上にでて2か月ほどで生長する。茎の先端に生長点があって細胞分裂をすることは他の樹木とかわらないが、タケ類の伸長生長がいちじるしいのは、タケ類には、生長点のほかに各節間(ふしま)の節の真上に細胞分裂のはげしい一環の細胞群があり、これを“生長帯”というが、それがいっせいに細胞分裂をするからである。1本のタケの茎には約60の節があるので、樹木の60数倍も生長することになる。」(注2.室井綽「たけ・ささ」『アルファ大世界百科事典 12』1974年、日本メール・オーダー社、P.3715。)

 もし、既にタケノコにおいて「タケの節などの形態はすべてととのっている」のだとすれば、そして「1本のタケの茎には約60の節があり、各節間が生長帯において一斉に同時生長する」のだとすれば、「伸長に応じて次々と節が出来る」という『常勝思考』の記述は誤りとなろう。これは重大な問題点である。人生論の比喩としては意味が非常に良く通るのだが、もし竹の生長に関する事実認識に誤りがあれば、もはや比喩としての活路は残念ながら失われてしまう、と私は非常に悲観的になった。それにしてもこの提唱者は大救世主と信ずべき多くの合理的理由を有するエル・カンターレ大川隆法氏である。そしてその『常勝思考』は幸福の科学における実践哲学面での主要な理論書の一つである。この心配点が実際にも、事実認識上の誤りであると確証されたら極めて影響が大きいであろう。幸いにもまだこの点に関する疑問提起は、教団の内外いずれからも生じていないと私は状況判断していたので、私の使命と自覚する学問研究の観点の一層の徹底によって問題の最終的解決を計る以外にない、との信念で事態を切り開いて行くことにした。

 そのためには勿論、何よりも竹全般について、従来到達された植物学的認識の概略を獲得しなければならない。すると、私自身も例外ではなかったが、竹を愛好している割には日本人は竹の知識が貧弱であるとの指摘を竹の専門家が行っているのである(注3.上田弘一郎『竹のはなし』1985年、PHP 、PP.10-22)。そこでまず、特に「タケノコにおける竹の節の前形成」という問題について、将来の日本を担うべき児童のための参考書ではどうなっているかを調査した。

 「タケの生長 タケノコをたてに切ってみるとふしがたくさんあります。タケはこのふしとふしとの間がのびて生長します。たくさんあるふしが同時にのびるので、タケの生長は早いのです。」(注4.『小学館の学習百科図鑑 33 植物の観察と育て方』1982年、P.52)

 この説明に加えて、タケノコの縦断面の写真と、タケの縦断面の写真とが並べられ、狭い間隔で重なるタケノコの節の一つ一つが、大きな間隔で重なるタケの完成した節と対応付けられている。この教材によって学習した子供は、大川隆法氏の『常勝思考』の「竹とその節」の比喩に出会ったとき、私と同様、容易には拭い得ない疑問を抱くのではあるまいか。別の参考書には次のような説明があった。

 「タケとササ いろいろな植物が葉をおとしてしまう冬でもタケやササは葉がかれずにしげっています。そのためマツといっしょに、お正月のかざりなどにもよく使います。タケというのは、ふつう大型で、ササといわれるものはタケ類にくらべると小型です。また、地下でできた芽(たけのこ)が大きくのびたとき、タケではその皮がおちますが、ササ類ではおちずに長い間ついています。両方とも地下のくきから芽が出てふえ、むれのぜんぶがつながっています。」「タケ類のみきののび方 5月ごろ、たけのこが出ると、いきおいよくのびだしますが、2か月くらいでのびきってしまい、あとは何年たってもほとんど大きくなりません。(葉やえだの部分は少しのびます。)何十年めかに花がさくと、そのあとむれぜんぶがかれてしまいます。」「タケ類のえだや葉ののび方 1年じゅう緑色をしているように見えるタケやササも、たけのこのおわるころには、葉が黄色くなり、おちてしまいます。ササ類では2年くらいついているものもありますが、マダケやモウソウチクなどのタケ類では、毎年春に葉がおち、新しい葉と交代しています。」(注5.『学研の図鑑 植物』1986年、PP.114-115)

 これによれば、タケの場合は「大きくなると皮が脱落する」という特徴があり、後に見るようにこの点は非常に重要な点であるのだが、浅い認識の段階ではその重要な意味は見逃され易く、私はそれに気づくのに時間を要した。更に別の参考書には次のようにあった。

 「ぐんぐんのびる タケノコの生長 タケノコは、たくさんの節で仕切られている。この節と節のあいだがのびてタケノコは生長する。タケノコの皮がはがれると、そこの節の生長がとまる。」(注6.埴沙萠『植物記』1993年、福音館書店、PP.36-37)

 ここには、「タケノコの皮がはがれるとそこの節の生長がとまる。」という竹の生長の正しい認識にとって決定的に重要なことがさらりと述べられているが、この段階ではまだ私は、この真理を受容し得る準備が整っておらず、「タケノコをたてに切った写真」「のびたタケノコをたてに切った写真」、更に「タケノコの皮をむいてならべた写真」の方に関心と注意が強く向いた。というのも「タケノコをたてに切った写真」は、長円錐形のタケノコの中に未熟な節がビッシリ重なっている様子をありありとみせているし、「のびたタケノコをたてに切った写真」は、円筒形のタケノコの中にかなり間隔を拡げた節が多数重なっている様子を示していたし、更に「タケノコの皮をむいてならべた写真」は、タケノコの観察だけでは正確に数え切れない節の数の全体を、一枚一枚剥がされて並べられた皮の数として明瞭に示していたからである。因にその皮の数は、63枚あった。「1本のタケの茎には約60の節がある」ということはこの写真が実証しているわけである。従って、竹の生長の形は、「茎の先端に生長点があって細胞分裂をすることは他の樹木とかわらないが、タケ類の伸長生長がいちじるしいのは、タケ類には、生長点のほかに各節間(ふしま)の節の真上に細胞分裂のはげしい一環の細胞群があり、これを“生長帯”というが、それがいっせいに細胞分裂をするからである。1本のタケの茎には約60の節があるので、樹木の60数倍も生長することになる。」という最初の認識に定着して、不動のものに成って行くのである。ここに止どまる限り、『常勝思考』の記述との矛盾はどうしても不可避的となる。

『常勝思考』における「竹とその節」の比喩に関する弁証法的理解(反)

 はたして、「タケノコにおける全節の前形成」と「伸長における全節間の同時生長」は絶対的に妥当する竹の生長の真理なのであろうか。竹の種類によっては、それとは違う仕方の生長がありうるということは期待できないのであろうか。私はなおも一縷の希望を抱いて更に根気強く色々の文献を探索し、遂に、一時代前の竹の研究の権威と目すべき学者の論文の中に、次の一節を発見するに至った。

 「第3章の観測結果によれば、吾らは、熱帯性の夏生竹成長は、温帯性の春生ならびに秋生竹よりも、遥かに緩徐で、成長所要日数の著しい延長を知ったのであるが、著者はこのような成長性の要因に関し次の如く考察するものである。
 (イ)感温・感光性の見地から。 タケもイネにおける浜田説の如く、熱帯性竹は温帯性竹よりも感温・感光性の劣ることを容易に推測できる。日本夏生竹の Bambusaは熱帯原産地(比島・仏印・ジャワ・馬来)より渡来したものであって、日本の夏は、原産地の気象条件(高温で気候安定)と酷似するため、やはり旧来のままの成長習性を固く保持することになり、従って日成長は甚だ緩徐でまた夜間の方が昼よりも大なる成長を行うのである。我国温帯竹の春生・秋生竹の発生成長季は、いわゆる気候の変り目であり、その気象条件のテンポが急進するので、元来、感温・感光性に鋭敏な竹種としては、当然短縮された成長期間が与えられることとなり、また一方には、感温性の点から、昼間の方が、夜間よりも旺盛なる成長がなされるのである。
 (ロ)地下茎の形態より。 春生竹(概ね国産竹はこれに入り、温帯性竹)は、地下茎を長く伸長し、いわゆる散生稈(Zerstreute Verzweigung)をなすのであるが、秋末にこの地下茎へ多量の澱粉が貯蔵され、これを翌春、竹の子成長に注入して、一気呵成的に新竹完成を遂行するのである。しかし夏生竹(Bambusa spp.熱帯性竹)は地下茎を殆んどもたず、イネのように束叢(Einfache Rasenbildung )をなしているので、秋末の澱粉貯蔵箇所もなく、また夏生竹の子の成長は、その時の同化異化作用の収支結果物質によって賄われるのであるから、極めて緩徐に伸長が行われるわけである。
 上の成長現象は実際に両者の竹の子時代の形態を観察しても想像がつくのである(第40図参照)。即ち、Phyllostachys では、前年の秋頃から芽子が活動を起し、12月頃に既に稈基には、全所定節数を具えた牛角大の完全形の竹の子を形成しており、翌春、地上に抽出すれば、前述の如く、一気に急いで伸長するのであるが、Bambusaは地上発生する2~3ヶ月前でも、やっと稈基部らしいものの形成だけで、それも愈々地上に出てから、節間を漸進的に上部に継ぎ足しながら、成長して行くのである。依ってPhyllostachys の地上に於ける成長は、主として既成細胞の伸展成長に属し、Bambusa のは、分化現象と伸展現象の両方を同時に営むものであるから、成長速度がなかなか捗らないのである。」(注7. 重松義則「日本産竹類の成長型に関する研究」『宮崎大学農学部研究時報』6巻1号、1960年、PP.84-86. 第40図は引用しないがその要点を記すと、地上抽出後4日目モウソウチク竹の子真稈が58節を既に具備しているのに対して、地上抽出後10日目ホウライチク竹の子真稈は未だ9節しか形成していない。)

 要するに、竹には成長型に関して、マダケ属(Phyllostachys spp.)のような温帯性竹類と、ホウオウチク属(Bambusa spp.)のような熱帯性竹類の二種類が有るわけである。このうちマダケ属等は我々に馴染みのものであって、「既に稈基には全所定節数を具えた牛角大の完全形の竹の子を形成しており、地上に抽出すれば一気に急いで伸長する。」他方新顔のホウオウチク属等は「やっと稈基部らしいものの形成だけで愈々地上に出てから節間を漸進的に上部に継ぎ足しながら成長して行くのである。」このような、「節間の漸進的形成」は、従来の我々のタケノコのイメージを根本から革新するものである。これなら、「次々と節が出来る」との『常勝思考』の叙述と矛盾しないのである。

 ホウオウチク属の竹の節・節間の漸進的形成について、更に一昔前の竹の専門家は次のように記述している。「ホウワウチク属の種類にあっては、稈基は発筍の僅に2、3ケ月前に漸く出来上り、地上の真稈の節間は筍の伸長を始むるに当って漸く形成され、且つ最上位の節間から次々に上位の節間に向って伸びて行くのである。」(注8.竹内叔雄『竹の研究』1932年、養賢堂、P.19。)これならまさに「伸長に応じて次々と節が出来る」との『常勝思考』の叙述そのものである。

 日本では熱帯性竹類の生育は南西日本中心で地域的に限定されているが、温帯性竹類は全国至る所に生育するから、竹というと一般的にはマダケ属ということになる。では『常勝思考』の記述は、本当に熱帯性竹類のイメージに従って行われたのであろうか。大川隆法氏の生誕地は徳島県であるから、熱帯性竹類には親近であったかも知れない。しかしもっと大きな要因を推定し得るのである。つまり、視野を世界に取ってみると、温帯性竹類は日本、中国等に限定されているのに対して、東南アジア、インド、アフリカ、中南米等に広範に分布するのはむしろ熱帯性竹類である(注9.内村悦三『「竹」への招待ーその不思議な生態』1994年、研成社、PP.20-68)。とすると、輪廻転生する意識の長大な履歴を前提した時、例えば大川隆法氏の過去世の釈尊はインドで活動した人であったし、ラ・ムーの時代のムー大陸は現在のインドネシア当たりにあったというから(注10.大川隆法『太陽の法』1997年、幸福の科学出版、P.261 )、熱帯性竹類が繁茂していたと想像される。だから、幸福の科学の指導霊団の方々の意識の中では、竹というのは熱帯性竹類として第一にイメージされているとの可能性が出て来るのである。

 実際、『「天照大神の霊言」講義』の中でも、竹のイメージは『常勝思考』の場合と同じである。
 「地上に解き放たれた人間でありながら、神のことを忘れぬ生き方をするためには、礼節ということが何よりも大事であると天照大神は教えています。ではこの礼節とは何であるか。それは行動の基準である。行動の基準として、まず最初に「礼」ということがある。それはうやうやしいものを、うやうやしいとして扱う心である。このような心が現代人のなかには薄れているのではないか。また、礼節の「節」とは何かというと、分を知るということです。自分の分を知るということが、この「節」ということです。これは竹の節を見ると区切れていますが、なぜまっすぐに伸びた竹にあのように節があるのか、それをみなさんは考えたことがおありでしょうか。
 竹に節がある理由は、やはりあの二十センチ、三十センチの節ごとにまとまってゆかねば、あの竹という存在自体がもたなくなっていくからなのです。一区切り、一区切りで組織をつくってゆかねば、あるいは植物の繊維を固めてゆかねば、いろいろな雨や風・嵐のときに耐えていけるだけの強さが出せないのです。そして、竹はその節を一個、一個と追加することによって、伸びてゆくのです。真一文字に伸びてゆくだけではなく、節を追加して伸びてゆくーー。この竹が伸びてゆく姿は、まさしく日本神道的な成長、人間の成長の姿を現わしているのだと考えるわけです。」(注11.大川隆法『幸福の科学原論②』1989年、幸福の科学出版、PP.22-24)

 「竹はその節を一個、一個と追加することによって伸びてゆく」というのは、まさにホウオウチク属等熱帯性竹類の成長の姿である。更に参考としてインドを主たる活動の場とした釈尊の教えを記録した『南伝大蔵経』の中から「竹」のイメージがどのようになっているかを抄出してみよう。

 「子や妻に対して貪愛ある者は、恰かも欝茂せる竹が[互に]縛著するが如し。筍の如くに著することなくして、犀角の如く応に独り遊行すべし。」(注12.高楠博士功績記念会纂訳『南伝大蔵経』第24巻、1939年、再刊三刷1991年、大蔵出版、PP.14-15。同趣旨の例として同第26巻P.15参照。なお仏典には竹を用いたもう一つの常套的表現として「貪と瞋と癡と この悪心 己に生じて 己を害す。竹の類の 実を持ちて [倒るる]が如し。」というのがある。第12巻P.122,etc.。これは勿論「開花・結実」という植物にとって本来生殖増殖の手段であるはずのものが、竹類では短期的に見ると逆に枯死・死滅の前兆のように見えることから来ているが、実は竹もそこから少しずつ再生拡張を反復していって数年をかけて元どおりの植生を回復するのである。上田弘一郎『竹のはなし』PP.24-31参照。)

 ここでは、竹と筍はいずれも、仏教の否定的価値としての縛著・執着・束縛の象徴として描かれている。この比喩は日本人に馴染みの深いマダケ属等の竹を思い浮かべるならば、直立した竹または筍同士が一定の距離を置いて割合クールな相互関係を保っている様子に見えるからよく合点がゆかない。それが「散生稈」(Zerstreute Verzweigung)を成すということであるが、他方、ホウオウチク属の竹と筍は、イネのように束叢(Einfache Rasenbildung )、つまり「株」を成しているので、稈同士が密着し、枝葉は一層錯綜することになる。従って釈尊が念頭に置いていた竹は熱帯性竹類であったことが解る。また、釈尊の伝道活動を支えた篤信のマガダ国ビンビサーラ王が寄進した「竹林精舎」も有名であるが、「竹林園といっても、インドの竹は根元から群生して、日本の竹のように藪をつくらない。僧園のあちらこちらに群生した竹が生えていたのである。又、ここに栗鼠が放し飼いにされていたことでも知られている。」(注13.中村元監修・補註、松村恒・松田慎也訳『ジャータカ全集 4』1988年、春秋社、367 話訳注(1) 。この点で、釈尊の故地インドに旅した大川隆法氏が竹林精舎跡で群生竹を背景に撮ったスナップ写真はまことに興味深いものがある。『インド 悟りと瞑想の旅 1996』P.31。因に、竹林園そのものは迦蘭陀(カランダカ)長者が寄進したもので、その中に頻婆沙羅(ビンビサーラ)王が精舎を建立したとされる。織田得能『補訂仏教大辞典』1917年、大倉書店、P.209 。そして大川隆法氏によればカランダカ長者とは日本真言の祖・空海の前生である。大川隆法『幸福の科学原論①』1989年、幸福の科学出版、PP.91-92。)

『常勝思考』における「竹とその節」の比喩に関する弁証法的理解(合)

 このように、深遠な霊的背景から考えると、大川隆法氏の竹とその節の比喩が、熱帯性竹類の生態によって良く理解出来るのであるが、しかし何と言っても大川氏は現代日本に生まれ育った人であり、四国の生まれとはいえ、温帯性竹類への接近機会が圧倒的に多かったであろうとの推測が立てられてよい。しかも、次のような記述は、明らかに今度はマダケ属等竹類の生態に適合すると思われるのである。
 「天之御中主之命は発展の教えを説いておりますが、この「発展」と、天照大神の「秩序と礼節」の考え方を組み合わせると、あの竹のように伸びてゆく姿を描いていると考えればよいのです。竹のひとつひとつの節、ブロックというものは、けっして一メートル、二メートルとなるものではなく、それは二十センチ、三十センチであるけれども、それが積み重なってどんどん発展してゆく。このような姿が日本神道系の発展の形式であるのです。それぞれの竹は、その節ごとに自分の持ち分というものを守ってゆかねばならない。しかし、その自分の持ち分の節というものも、やがて竹全体が伸びていくにしたがって、次第に地面から高いところへと上ってゆくわけです。このように、あくまでも自分の先にあるもの、上位にあるものを敬いながら、全体が伸びてゆく、自分も伸びてゆくという思想が根底にあるということです。」(注14.大川隆法『幸福の科学原論②』PP.24-25)

 即ち、「竹のひとつひとつの節、ブロックというものは、けっして一メートル、二メートルとなるものではなく、それは二十センチ、三十センチである」という所であるが、熱帯性竹類の場合は熱帯地で 1.7m位の節間もあるというから、ここでは温帯性竹類が念頭にある(注15.「竹が丈夫になるためには、節と節とのあいだの長さが、ほどほどでなければならない。ふつう根元付近が短く、上方へ至るにつれて長くなり、中ほどが最も長く、先端に近づくにつれて短くなる。この体制がからだを強くしているのである。このバランスが崩れると、竹はまっすぐに立てなくなる。私はこの実例をマレーシアの道ばたで見た。種類はシゾスタチューム・グランデ種やバンブーサー・レイ種で、直径八センチ前後、高さ三十メートル前後あるのに、節の数が二十から三十しかなかった。これらは節間が長く、長い部分は一七〇センチもあった。ちょうど節は、私の頭の部分と足のつま先あたりにあるだけで、まっすぐに立てない。雪も降らないのに、腰がひどく曲がり、先のほうが地につかんばかりで、いかにも苦しそうであった。それでもパイプの強さで折れずに頑張っていた。その姿はいたましく、支柱を立てて起こしてやりたく思ったほどである。節にはどの節にもわずかながら隆起(ふつう「でばり」とよぶ)があっていっそうからだを強くしている。このようすがはっきり見られるのは日当たりに面している竹である。日光の強く当たる側の節は日かげの側よりも「でばり」がきつくなっている。竹の筒を生け花の容器などに用いるとき、「でばり」のきつい面を「表おもて」とよんでいるが、ここは日光が強く当たった部分である。いいかえると、強い日当たりで苦労した面ともいえる。一個の花筒にも、苦節の面が現われ、竹の智恵に心をうたれる。空洞は節のあるパイプであり、最小の体積で最大の生産をあげ、スピード生長のほかに、からだを丈夫にするのにも役立っていると思われる。要するに竹は、維管束を中心とする組織や節と空洞(パイプ)の結合で、強い弾力性、ねばり強さを発揮する。これに関して竹内叔雄博士は「竹がしなえば、その切り口は円形から楕円に傾く。だが曲げる力が去ると、また元の円形に戻る。湾曲に耐える力の限度内では、稈はいつも円と楕円とをくりかえすのだ。それもただの円筒では折れやすいが、数多くの節があるのでかなりしなっても折れない」と述べている。」上田弘一郎『竹のはなし』PP.94-97。また更に「節間長1.8m」の報告は、内村悦三『「竹」への招待ーその不思議な生態』P.45参照)。

また、「自分の持ち分の節というものも、やがて竹全体が伸びていくにしたがって、次第に地面から高いところへと上ってゆくわけです。このように、あくまでも自分の先にあるもの、上位にあるものを敬いながら」という記述の中の「自分の先にあるもの、上位にあるもの」というのは、どちらかというとマダケ属等竹類における「全所定節数の完備」を前提としてその上位部分の節・節間のことであると理解した方が、上位部分は後に漸次的に新たに分化組織されるというホウオウチク属の形と取るよりも合理的であると考えられる。しかも、大川氏は竹の話をした当時、自宅の庭に竹があり毎朝鑑賞していたとのことである(注16.大川隆法監修『1989年幸福の科学ウィークデーセミナー 常勝思考』カセットテープ、幸福の科学出版、第4巻「常勝思考のパワー」参照。この部分は書籍では省かれている)。ということは、普通の目線に映る竹の自然な成長の姿が注視されているということであり、我々がこれまで論考してきたような、いわばタケノコの解剖学的組織の細部にまで踏み込むことは筋違いであるかも知れない可能性がある。そこで我々は竹の事実的な自然な成長の日常観察可能な姿は、一体どのようなものであるのか、自分の過去にそのような注意深い観察体験を残念ながら持っていない我々としては、それを補償する研究を参照してみる必要がある。実はその結果は、竹の種類に関せず、竹というものは、まさしく大川隆法氏が描写したそういう姿で成長のプロセスを進めて行くのである、という素晴らしい大団円をもたらす解決に到達するであろう。つまり「正」の観点も「反」の観点も乗り越えた「合」の観点が竹の成長の真理を語るのであり、大川隆法氏の日常的観察眼の基本的な確かさが実証されるのである。

竹の皮が明かす竹の成長の神秘 

その種類如何に関わらず、およそ竹の自然な成長プロセスの中で、或る決定的に重要な役割を持つのが、意外にも「竹の皮」なのである。先に少し触れたように、ササと違ってタケの場合は「大きくなると皮が脱落する」という特徴があり、更に「タケノコの皮がはがれるとそこの節の生長がとまる」のであるという。そうすると、どんな場合に竹の皮ははがれるのだろうか。「大きくなると」である。しかしこれだけでは曖昧である。専門書には次のようにあった。

タケノコの生長のありさま タケノコの伸びる経過については、種類などによって違う。たとえば日本に多いマダケやモウソウチクは春さき、タケノコが地上に頭を出すと、はじめはゆっくり伸びる。それから毎日の伸びに波があるが、しだいに生長のピッチを高めて、やがて伸び盛りとなり、あと急にひくくなってストップし、成長が仕上がってしまう。晩秋にタケノコの出るカンチクの仲間は、寒さに向かってからタケノコが出る。そして先のほうが竹の皮に包まれたままで冬を越し春になってから枝を出す。ササは背丈の低いせいもあるが、春さきからだらだらと伸びて、八十日から一〇〇日かかって生長が止まって仕上がる。熱帯産のホウライチクの仲間は、七~八月ごろから伸びはじめて、晩秋まで毎日だらだらと伸びつづけ、ササと同じように八〇日から一〇〇日かかって生長が仕上がる。

 ここで目をつけたいのは、タケノコの生長は多くの節間(ふしま 節と節とのあいだ)の生長の合計であることと、生長の仕上がりは、どの節間もが同時ではなく、下方の節間から上方の節間へと仕上がっていくことである。

たけのこの生長は、全体のからだが一度に伸びるとか、あるいは先のほうだけがぐんぐん伸びるとかいうのは間違いである。たくさんある節のそれぞれの上側に生長点(生長帯)があって、どれもの節間が生長する。そこで、タケノコの伸長量は、この節間生長の合計である。しかし、生長の仕上がり方は節間によって違う。どの節間もが一度に行なわれるのではない。

いちばん下方の節間から上方の節間へと生長が仕上がっていく。このありさまは、竹の皮の剥がれ方でわかる。たとえばマダケ類のように竹の皮が節間をおおってしまう種類では、竹の皮がほんのわずかでも剥がれて肉部のみえかける部分は、すでにその節間は生長が仕上がっている。節間が竹の皮ですっかりおおわれている部分はまだ伸びているのである。

 春さきに、一本の若竹に、この両面のあらわれた異様な姿を見かける。これは、一つのからだのなかで、下のほうは生長が仕上がり、上のほうは伸長中なのである。こんなに一本のからだのうちに、生長の仕上がりへのうつりかわりを短期間にはっきり見られる貴重な実験資料を求められるものは他にないであろう。」(注17.上田弘一郎『竹と日本人』1979年、日本放送出版協会、PP.172-175。また、上田弘一郎『有用竹と筍』1963年、博友社、PP.53-66参照。)

 「節間成長を終えた部分からタケの皮が脱落する
脱落しないササ類でも稈と鞘の間が離れて隙間がみられるようになる。タケの皮の役目は未成熟な組織を物理的に保護することと節間成長に関わる成長ホルモンを活性化していると考えられるので、成長過程にある部分のタケの皮を剥がすとその部分の稈に腐りを生じたり成長停止を起こす。この因果関係は明確でないが、ホルモン供給が行なわれなくなったり、剥離させたことによって細胞組織が壊されるからであろう。長期にわたってタケの皮を着けているタイプの種類でも先端部のタケの皮は脱落する。少なくともタケの皮が部分的に脱落してきた時期にはもはやタケノコと呼ばないで新しい竹が生じたと呼ぶべきであろう。下方部分からタケの皮が剥れてくるので、木化が下方部から始まっていることも理解できる。一個の節間部におけるタケの皮の離れ方を見ていると、上部から始まり最後まで着いてるのは節の直上部分である。すなわち節間成長過程のタケでは、上部の維管束から下部に向かって木化していることを表わしている。また半径方向についても外側の維管束鞘から内側へと木化している。外側をまず強化するなどというのは自ら身を護る最大の方法である。なお、節部については節間部よりも早く木化がおこっている。この隔壁強化によって曲げや外圧に対する抵抗性をつくりだしているものと考えられる。こうした研究は木材組織学と植物生理学だけではなく組織化学の上からも重要な課題となっており、残された部分は極めて多いのが現状である。」(注18.内村悦三『「竹」への招待ーその不思議な生態』PP.80-83)

 結局、「竹の節が出来る」ということの日常風景上の意味として、「竹の節が仕上がる」という意味、つまり「タケの皮が取れてその節間の生長帯の活動がストップして一個の節・節間として完成し固定する」という意味が妥当し得る。そしてこの仕上がりの過程は、自然的に、最下部の節・節間から次々に、段々と、それより上部の節・節間へと漸次的に時間進行して行くのであるから、便宜上、一番下の節・節間を a、その上の節・節間を b、第三番目を c、第四番目を d、等々とし、a,b,c,d,等を仕上がった節・節間とし、b~,c~,d~,e~,等を未だ本来的に皮を着け伸長中の部分(一つの節・節間とは限らない)とすると、その伸長の源泉においてより上部の節・節間が温帯性竹類のように予め分化しているか、それとも熱帯性竹類のように伸長に応じて全く新たに分化組織されるかに関わらず、竹の生長の時間的段階過程は記号的に表現すれば、一般的に次のようになる。

  a+b~(最下部の節・節間のみが仕上がっている時期)
  a+b+c~(下から一番目と二番目の節・節間のみが仕上がっている時期)
  a+b+c+d~(下から一番目と二番目と三番目の節・節間のみが仕上がっている時期)
  a+b+c+d+e~(下から四番目までの節・節間のみが仕上がっている時期)
  a+b+c+d+e+f~(下から五番目までの節・節間のみが仕上がっている時期)
  etc.

 これは、まさに、「下から、確実に、次々と、段々に、固め、固めて行って、上へ押し上がり、押し上がりしつつ、上を支えながら、成長する姿」である。そして、これこそは『常勝思考』及び『「天照大神の霊言」講義』において大川隆法氏が説明せんとした竹の成長プロセスそのものに外ならないのである、ということを我々は今や漸く十分に理解することが出来ることとなったのである。従って、大川氏の説明への疑問を含意していた「1本のタケの茎の約60の節の各節間が生長帯において一斉に同時生長するのだとすれば」という先の我々の仮定は、時間的生長の観点から成立しないということも納得されるわけである [初出:二瓶孝次「「幸福の科学」の仏教論的意義(11)」北海道教育大学紀要 IA,vol.51-1,2000]。。(なお、実物の竹の成長を観察して、この論旨を検証した私の記録「竹の生長の記録」については、「北海道教育大学釧路校紀要『釧路論集』第32号,2000,p.31-40」(論文タイトル :二瓶孝次『「幸福の科学」の仏教論的意義(12)』の中の§73-§74)参照。)
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