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§937 -§938: III-4: 神託の開始; I-17: 40年間虹を見ず、40年間虹を見る

大団円としての幸福の科学7、同8

大団円としての幸福の科学7  神託の開始 (1981): III-4.

 ノストラダムスの預言詩は総数千篇近くあるわけだが、その一つ一つが、夫々異なるテーマあるいは出来事に一対一対応するという平板で希薄な構造のものではなく、大多数は少なくともペアを成し、そして重要なテーマの場合は相当多くの詩篇が同一のグループを形成して、多角的、多面的に、同一の事態に関わり、結果として、立体的に、相互補足的に、意味充実を実現するという、メリハリの効いた構成をもっていると考えられる(cf. D. ラメジャラー著、田口孝夫・目羅公和訳『ノストラダムス予言全書』東洋書林, 1988,p.15-21)。

 このような観点からすると、§931節で取り上げた預言詩第12章71歌 (XII-71) には、先ずは、預言詩第3章4歌 (III-4) が、そのペアとして候補に上ってくる。というのも、両者には、他には見出されない oracle(神託)という特徴的な単語が共通に使用されているからである。実際、この深遠な単語は、ノストラダムス『預言集』の中で、これらIII-4詩とXII-71詩とにおいて、都合2回しか使われていない。このような或る特徴的な単語の共通性は、実際、ノストラダムスの場合、詩篇同士の意味的結合を成す諸条件の一つの有力な場合なのである。

第三サンチュリ第4詩 神託の開始 (1981-): III-4 (§937).
 
月的なものどもが欠如に近づくであろう時、 
一者と他者が互いに大きく離れておらず、
境界帯には寒さ、乾き、危険、 
まさにそこに於いてこそ、その神託活動は始まったのだ。


§937, III-4:  The beginning of the Oracle (1981-).
When the lunars shall approach the default,
Of the one to the other the distance not being great,
The cold, dryness, danger towards the frontiers,
Even where the oracle has commenced.


(Quand seront proches le defaut des lunaires,
De l’un à l’autre ne distant grandement,
Froid, siccité, danger vers les frontieres,
Mesmes ou l’oracle a prins commencement.

月的なものども」というのは、天体の運行に基礎を置くノストラダムス独特の、地球史的大紀年法における「月の支配の期間に属する年々」を意味すると考えられる。生れたばかりの長男セザールに宛てた父ミシェル・ノストラダムスの『預言集序言』は云う:「いま我々は、永遠なる神の全ったき力に基づき、月に支配されていて、月がその全循環を終えてしまう前に、太陽が到来するだろう、そしてその次は土星だろう。」(№1, p.41-42)

つまり、月の支配に続くのは、太陽の支配であり、その後は、土星の支配とされる。しかも、太陽の到来は、月の循環が終了するより前と言われているから、本詩の表現と合致する。従って二行目の「一者」とは「月の支配の期間」であり、「他者」とは「太陽の支配の期間」であって、故に両者が互いに大きく離れていないのは、第三行目で「境界帯」とも表現されている通り、「月の支配の最終期」と「太陽の支配の開始期」に限られる。そこで一行目の「月的なものどもが欠如に近づくであろう時」(「月的なものどもの欠如」を主語にとる解釈もあるが、それだとseront prochesという複数動詞に合致しない。更に、proche には形容詞と前置詞の用法があり、proches という形はその両方を兼ねて使用されて、実際上proches de というイディオムに同値となっていると考えられる。)という説明に照らして、これは当然「月の支配の最終期」である。

これは、先に見た、§934, I-25:「 失われ、見出され、長い期間隠されていた一人の半ば神の如き聖職者が尊崇を受けるだろう。月がその大循環を完了するより前に」という詩句と符合している。そしてまた、後で見るように、預言詩 I-48 (§941) では、「月の支配の二十年が過ぎたら、七千年に渡って月とは別のものが君主政体を保つだろう。」と詠われていて、その「月の支配の20年」とは、西暦2000年間と取れば、それに続く「(西暦2001年からの)別のものの7000年間の君主政」と照応するであろう。そして、その「別のもの」とは、I-48 詩3 – 4 行目で二度出て来る「太陽」のことと推察されるから、本詩の「他者、別のもの」の正体も、「太陽だ」として明らかとなる。

そして「神託活動が始まった」との表現は完了相であるから、その時点はまさにこの2000年の期間内の終末期にある。そこで、先に解釈された「幸福の科学」の宗教活動をここに適用してみると、最高指導者・大川隆法氏が初めて霊的世界からの通信、いわゆる「イイシラセ」を受信したのが、昭和56年(1981年) 3月23日であったから(大川隆法『太陽の法』土屋書店,1987,p.246; 同、角川書店,1990,p.234; Ryuho Okawa, The Laws of the Sun, IRH Press, 1990, p.209。但し、1981年つまり昭和56年3月23日は大川氏自身が言うような日曜日ではなく月曜日である。これは同時期が春休みだったことによる大川氏の勘違いだろう。例年、幸福の科学では3月23日を「大悟祭」としているから、3月23日という日付自体は不動と思われる。後の版では「日曜日」という記載を削除して単に「3月23日」となっている。)、これは「月の支配の最終期」に属していると考えなければならないし、且つ、そのように見なして差し支えない。

二十四歳の冬、私は、高橋佳子著の『真・創世記 地獄編』『天上編』などを読み、これを通して、さらに高橋信次著『心の発見』と出会ったのです。大学卒業前の、卒業試験のころでした。法律ばかりを勉強していた私が、六法ではなく、正法に触れたのです。一九八一年一月のことでした。高橋信次の著作『心の発見・神理篇』をはじめて読みはじめたのですが、五十七ページぐらいに達したとき、私は、自分の胸が大きく打ちはじめ、体が、こきざみに前後に揺れていることに気づきました。なにかが起ころうとしていたのです。私は、同じ著者の作品をつぎつぎと読んでいったのですが、口をついて出てくるのは、「私は、この神理を知っている。むかし、これを学んだことがある」ということばでした。同年の三月二十三日、日曜日だったと思います。突然、だれかが自分に話しかけようとしているという気持ちに打たれ、いそいで、カードと鉛筆を用意しました。鉛筆をもつ私の手が、まるで生きもののように動きはじめ、「イイシラセ、イイシラセ」と、カードに何枚も書きはじめたのです。そして、「おまえは、なにものか」とたずねると、「ニッコウ」と署名します。日興上人だったのです。そのあと、日蓮聖人からも通信を送られはじめました。聖人の私に対する最初の教えは、「人を愛し、人を生かし、人を許せ」という三つのことばでした。この時点では、私はまだ、自分は過去世で日蓮宗系の僧侶だったのだろうかと思っておりました。」(大川隆法『太陽の法』土屋書店,1987,pp.245-246)

 では「境界帯には寒さ、乾き、危険」の意味は何か。字義通りに取ると、「月の支配の最終期」及び「太陽の支配の最初期」に気候の寒冷、旱魃その他の様々な危険が世界を襲うというように思われるが、これだけならまことに具体的規定に乏しい。のみならず、ノストラダムス『預言集』における気象的事象用語は、多くの場合、自然現象そのものではなくて、象徴語として、人間の精神状態や、集団的社会的状況を表す事が認められる。従って、この場合も、具体的事実ではなく、この時期の人々の精神的風景を象徴的に描写していると考えるのが適切であろう。つまり、「この時期の人々の心が、寒く、乾き、危殆に瀕している」というのであろう。実際、宗教とは、先にウィリアム・ジェームズの心理学的分析に基づいて考察したように、何よりもそういう心の状態に対する治癒の知恵である。この点をもっと明瞭にすべく、先と同様に一つの特徴的な単語に依拠して第三の詩篇を求めることにしよう。

大団円としての幸福の科学8  40年間虹を見ず、40年間虹を見る(1945-1985-2025-2037): I-17. 

前節で III-4に関し「乾き」と訳した siccité (dryness) という単語を持つ別の詩篇第一章17歌が存在するのでそれを検討してみよう。

第一サンチュリ第17詩 40年間虹を見ず、40年間虹を見る: I-17 (§938).

四十年間、虹は現れないであろう。  
四十年間、毎日見られるであろう。
潤いのない大地はますます乾燥して行くであろう。
そして、虹が現れ、見られたその時、大洪水。


§938, I-17:  40 years of disappearance, then 40 years of appearance of the rainbow (1945-1985-2025-2037).
For forty years Iris shall not appear,
For forty years She sahll be seen every day,
The parched earth shall grow drier and drier,
And great floods when She shall be perceived.


Par quarante ans l’Iris n’aparoistra,  
Par quarante ans tous les jours sera veu:
La terre aride en siccité croistra,   
Et grands deluges quand sera aperceu.

ここでも一行目と三行目、そして二行目と四行目が対応していて、四十年間虹が出ないのは、雨が降らず乾燥が続くためであり、それが一転して大洪水があり、それから四十年間は毎日虹が見られるということらしい。しかしこのような字句上の解釈は極めて容易ではあるが、自然現象としての虹をよく観察すれば、決して成り立つことのない自然機構を述べてしまったことになる。確かに前半の事態は自然に反しないにしても、後半は問題を含む。何故なら、大洪水とその後の四十年にわたる毎日の虹の出現は必然的関連を持たないのである。尤も毎日虹が見られるのは必ずしも大洪水だけによるのではないのかもしれないが、それにしても、このような自然のサイクルは不可能ではないにしても、殆ど全く現実性をもたない。それに、このような自然現象が一体人間世界の何に関わるのか、それも不明である 他方、先に述べたヒントから解釈して、乾きとは人々の心の乾きだとすれば、大洪水および虹に代表される潤いは心を癒す何かを象徴している。

そこで、「」については、旧約聖書『創世記』の次の記事が精神的意味の文脈のなかに想起されざるを得ない。

 “神はノアと彼と一緒の子らに言われた、「御覧、わたしは君たちと、そして君たちの後の子孫と、わたしの契約を立てよう、また君たちとともにいるすべての生きもの、君たちとともにいる鳥、家畜、すべての地の獣、箱舟から出たすべてのものと。今後ふたたび洪水によってすべての肉なるものが絶たれることはなく、地を滅ぼす洪水がふたたびおこらないという契約をわたしは君たちと立てる。」かくて神は言われた、
 
「わたしと君たちの間 君たちとともなるすべての生きものとの間に
  永遠にわたってわたしが与える契約のしるしはこれだ。
  わたしはわたしの弓を雲の中におく、わたしと大地の間の契約のしるしはこれだ。
  わたしが地の上に雲をおこす時 この弓が雲の中に現われる。
  その時わたしは想い出す、わたしと君たちの間、またすべての生きものとの間の わたしの契約を。
  水がふたたび洪水となって すべての肉なるものを滅すことはない。
  その弓が雲の中に現われる時、わたしはそれをみて想い出す、わたしとすべての生きものの間、
  地にあるすべての肉なるものとの間の 永遠の契約を」。

 神がノアに言われるのに、「これがわたしと地にあるすべての肉なるものとの間にわたしが立てる契約のしるしである」
。”(関根正雄訳『旧約聖書 創世記』岩波書店,1998,p.27-28)

 真摯なるカトリック教徒として、ノストラダムスは常に旧約、新約の聖書的世界の中に自己の精神的根源を見ていた。彼の大預言自体も彼の独特の才能と使命に基づいたカトリック的文明の確認と深化及びその必然的帰結の推論の仕事以外のものではありえなかった、その実際的内容と事実的結果について除けば。従ってここでも「虹」の表象の中には創世記における神とノア及びその後の人類との愛の結合の契約の象徴という限りなく深い意味が蔵されていることは疑い得ない。

 よってこの詩篇において、「虹が現われない」というのは、極めて深刻な人間的事態を表している。即ちそれは、「神仏を見失った人間の姿」を表現している。そして、「大地の乾燥の増大」とはこの喪失感がいよいよ深刻度を増すという意味である。これが四十年続くということは、大きな悲劇ではあるが、自然現象としての虹の四十年にもわたる不出現の可能性よりも反って現実に可能なことであり、そしておそらく、第二次大戦終了後の日本及び日本人の大多数の精神状況を語っていると解釈できそうであり、事実、いわゆる国家神道的日本民族固有信仰という精神的主柱の喪失は紛れもなかった。この場合、四十年は1945年(昭和20年)から数えると1985年(昭和60年)にわたる

では、昭和60年頃になって、何か「虹」に相当するものが日本及び日本人に対して出現したか。そしてその出現時に、何か「大洪水」に似た人間的現象が起こったか。そして、その出現と現象は何かその後も四十年は続くと期待されるような性質をもつのか。

 そこで、先に解釈された「幸福の科学」の宗教活動をここに適用してみると、最高指導者・大川隆法氏が初めて霊的世界からの通信、いわゆる「イイシラセ」を受信したのが、昭和56年(1981年) 3月23日で、その後数年の霊的吟味と熟練の期間を置いて、氏の初めての霊言集『日蓮聖人の霊言』(のち、『日蓮の霊言』に改題)が刊行されたのが、昭和60(1985)年8月15日であった。これは年度がピッタリ一致するだけでなく、終戦記念日たる8月15日という日付までも一致するという驚異的な符合さえ存在する。

しかも著書の公刊は一般読者層に向けられたものであるから、ちょうど「虹が出て人々に見られる」という事とアナロジーを持つ。他方、他人には知られずに受信可能の霊人からの霊言の受信ということだけでは、既述のように「神託の始まり」とは言えても、「虹が見られる」との表現に適合しない。よってここでは、処女霊言集の公刊の期日の方が妥当する意味を持つ。

 ここから更に見て行くならば、「虹出現時の大洪水」の意味は容易に判明する。つまり「虹」として「大川隆法氏の宗教的メッセージとしての著書、講演、テープ、セミナー等」の教化・伝道活動の具体化したものを想定すれば、氏の処女霊言集『日蓮聖人の霊言』の公刊以降、数年のうちにまことに膨大な量の著書を刊行し、頻繁に大講演会を開催し、特別熱心な人達に対しては多くの特別セミナーや研修会を開講し、そして講演やセミナーの録音テープやビデオも出版し、月刊雑誌等も刊行するという、まさに大車輪の転法輪活動(大河的教化活動)の実績は、ノストラダムスがいみじくも「大洪水」と表現したのにピッタリである。

そして更に付け加えるならば、大川隆法氏は、今回地上で50年間程度の教化活動を行う予定であると既に霊界にあって計画して生まれて来たということであるから(大川隆法『黄金の法 エル・カンターレの歴史観』幸福の科学出版,1997,p.375)、「四十年、虹が見られる」とのノストラダムスの言葉は虚しいものではないはずである。そして「毎日、虹が見られる」という言葉は、まさに現に「宗教的真理の体現者がこの世に生存していて、日々、人々に向かって偉大なる法を説いている」その姿を指すとすれば、誠に妙を得たこの上もない詩的表現力が、その不世出の預言力の正確性に加えて、ノストラダムスの詩作に認められるということになろう。

そのノストラダムスの奇蹟的預言力の正確性に基づけば、大川隆法氏の教化活動は、その旺盛な日々の活動という相の下で、1985年から2025年に及ぶだろう。[初出:二瓶孝次「「幸福の科学」の仏教論的意義(8)」『北海道教育大学紀要 IA』vol.50-1,1999,p.12-14。一部改稿。]

ところで、この点についてもう少し玄妙な考察を加えるとすれば、大川隆法氏は、1986年11月23日の公的な集会でのその「第一声」において、自己の地上での約束された教化活動を、ハッキリと、「2037年まで」と述べている。

「今のところ考えているのは、ですから、まあ霊言集も数十冊と言っているけれど、おそらく、私は、数百冊になると思います。数百冊になる。だから、今からシッカリ読んでおかないと、後で読めないですよ、まとめて。多分そうなると思いますよ。これから、約五十年間、私は皆さんの前で、講演をし、執筆をしていきます。五十年間あれば相当のものが出来ると思います。五十年間。今、一年間でこれだけです。これから五十年あったら、もう、洗いざらい全部出して行きます。まあ、十字架にかからなければですよ。今のところ、予定としては、まだ五十年ぐらいやるつもりでおります。一応、西暦2037年ぐらいまで、私は、皆さんの前でお話しをする予定であります。その間に、この中に居る方は、おそらく、8割から9割はもう先に逝って、お先きに失礼、と言って、この中の人はもう霊言をやっているかも知れませんけれど。(全員笑う) まあ、一応、2037年ぐらいまで、私は、話をしてゆくつもりです。そして、その後、今から言ったら気が早いけれど、一回目の講演で気が早いけれど、その後また、2800年ぐらいしたらもう一回地上に出て来ます。その頃に、また皆様とお会い出来るかもしれません。あまり先走って申し訳ありませんが、今日の話はそういう所です。後は質疑応答をやります。」(大川隆法「幸福の科学発足にあたって」大川隆法監修『大川隆法第一声 '86年幸福の科学発足記念座談会』カセットテープ第一巻、幸福の科学出版)

「3797年」の謎:

ノストラダムスは、その『預言集』の、息子セザール宛序言の中で、次のように述べている:「だが、週に数回、精神弛緩の症状 [これは、神霊からの働きかけを受け容れる人間精神の受動化を意味する] に襲われ、そして長時間の計算で夜間の研究を甘美なものと化しつつ、私は、夫々が100篇の天文学的預言四行詩を収める複数の預言書を作成した。これらの預言を私は若干分りにくく工夫して仕上げようと欲した。それらの預言は、今より3797年までの中断無き占断である。」(№1,p.39)「今」とは、序言作成年月日たる1555年3月1日である。これを文字通りに取れば、現在(西暦2013年7月25日)から見ても、なお、1784年先まで、ノストラダムスの預言は関わっていることになるが、この点につては、既に我々は、基本的に彼の預言は西暦2000年を期限とするとの見解を固めている(「日付のある預言詩1」参照)ので、3797年を掛け値なしに受け取ることは出来ない。

一応、先には(「日付のある預言詩9:ノストラダムス預言の年代軸」参照)、預言詩第1章48歌(I-48)の「七千年間別のものが君主政を保つだろう」という詩句に基づいて、3797年は、西暦2000年以後の7000年間の期間内に含まれる任意の年の表象であると解したが、今は、もっと突っ込んだ解釈が可能となった。

何故なら、3797とは、西暦2037年9月7日と解され得るからである。特に日本では、最近の傾向として、西暦の表記において、千と百の位を省略して、例えば2013年を13年と書き表す方法が新聞紙上では常態化しているし、また、年、月、日という順序での並べ方も一般的になっているから、3797は、'37年9月7日、即ち、西暦2037年9月7日と読めることになる。そして、この2037年というのは、上記のように、大川隆法氏が今回、地上で救世の教えを説く期限の年と見なすならば、ノストラダムスの大預言から大川隆法氏の自己宣言へと寸分の違和もなく接続するのである。もっとも、そうすると9月7日という日は、どうしても大川隆法氏の「帰天の日」という風に考えざるを得ないが、このように見ることも、稀有な預言詩と稀有な大指導霊との学問的接点を探る研究上は、止むを得ない事だし、且つ、寛恕を頂けることであろう。

事実、預言詩第1章48歌(§941)では、「月の支配の二十年が過ぎたら、七千年に渡って月とは別のものが君主政体を保つだろう。太陽がその[月の]倦まれし日々を自らの手にするだろう時、その時太陽は我が預言を完成し終わらせるのだ。」と詠われていて、「太陽」即ち「大川隆法」氏が、「私」即ちノストラダムスの預言を完成し、終わらせると明確に述べられている。

ここで、「終わらせる」という意味は説明の要がないが、「完成する」という語の原語は、accomplir (to accomplish) であるから、何らか「補完して成就する」といった意味合いがある。

ノストラダムスの預言では「虹が40年間毎日見られる」という言い方で、大川隆法氏の1985年から2025年までの「暇ない教化活動」を預言しつつ、大川氏の、「いわゆる帰天」といった出来事については何も語っていないのに対し、大川隆法氏自身の自己宣言では、明らかに2037年における「寿命の全う」というニュアンスが窺われる。つまり、ノストラダムス一辺倒になって、大川隆法氏の活動は2025年で終了し、氏の寿命もそこで尽きる、というように解釈するのは間違いであって、そこは氏自身による補完が行われた、と見なければならないのである。

即ち、「虹が40年間毎日見られる」というノストラダムスの預言は、「虹が52年間、間断なく見られる」(「西暦2037年ぐらいまで、私は、皆さんの前でお話しをする予定であります」)という形へと補充され、完成されたのである。

且つ、また、同時に、従来大きな「謎」とされてきた「3797年」というノストラダムスの表示が、西暦2037年9月7日という特別な日を表す預言であることも明確になった。

多分、その中の「7」と「7」という二つの数は、大川隆法氏の生誕の「7月7日」(昭和31年=1956年)を示唆するので、「3797年」という数が、やはり、大川隆法氏に関するものであるということも一層確実性を増すのである。

しかも、ノストラダムスは、「3797年」という年を、「彼の預言の到達する究極の期限」として提示しているから、それが「何らかの終局を表す年」である以上、実際には「大川隆法氏の現世での救世活動の終極」として理解することは背理ではない。

なお、大川隆法氏の「誕生」については、第5サンチュリ41詩 (§943,V-41) が預言している。
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