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§867 米国の原爆開発と対日実戦使用 (1941-1945): VIII-10

世界史の中の日本8

§867 米国の原爆開発と対日実戦使用 (1941-1945): VIII-10

本詩はアメリカ合衆国が原子爆弾を開発し、その実験に成功し、且つ日本に対して初めて実戦使用した史実に対応する預言詩である。

VIII-10
(§867): 米国の原爆開発と対日実戦使用 (1941-1945)

甚大な異臭がローザンヌから発生するだろう、
人々は事の理由が分らないだろうままにあれ!
全ての人々が外部へ遠く遣らるべし!
空に火が見られ、外つ国の人々は敗れて。

Nuclear weapons exploited by U.S.A. who employed them against Japan (1941 – 1945): VIII-10.

A grand stench shall come out of Lausanne,
That they shall not know the origin of the matter !
All the people shall be dislodged far away !
A fire seen in the sky, the foreign people defeated.


(Puanteur grande sortira de Lausanne,
Qu’on ne saura l’origine du fait,
Lon mettra hors toute la gent loingtaine
Feu veu au ciel, peuple estranger deffait.)

甚大な異臭がローザンヌから発生するだろうイオネスク (Ionescu, 1976, p.593-594) はこれを「アメリカ (Lausanne)」の「最初の原子爆弾の放射能効果 (radioactive effects of the first atomic bombs)」に関連付けた。何故なら、ローザンヌLausanne はスイス・レマン湖のほとりにある町を指すのではなくて、アナグラムとして、LAUSANNE = USA LANDE (USA或る場所) と読めるし、又 異臭 stench 即ち「嫌な臭いの嗅覚振動」は「放射線発出 radioactive emanation」の比喩と解されるからである。実際、彼が云うように、Lausanne と同様にUSA のアルファベットを含む語としての Ausonne (III-70, §338), Arethusa (I-87, §890) はいずれも「アメリカ合衆国」と解した場合に初めて文脈が通るし、「アメリカ合衆国の或る場所から発する甚大な異臭」と云う表現はどう見ても何かの「比喩」としか考えられない。

ただし彼は、この核現象を、直ちに「アメリカによる日本に対する核攻撃」と捉えているので、この点は同意できない。というのも彼は、Puanteur grande sortira de Lausanneという第一文を、「大規模な放射能効果が、アメリカによって、何処かで、惹き起こされるだろう。」と読むが、それは彼が自ら折角得たLausanneのアナグラムUSA LANDEを「USA SOMEWHERE」としか読まないからである。つまり、フランス語のlande(荒野、荒蕪地, moor, heathの意味しかない)を英語のlandと同一と見て、「a land, some land或る土地」と読む過ちに陥ってしまい、そのある土地を「日本」と付会してしまっているのである。その上、sortir de ~ (to come out of~ )という表現を、「~ によって惹起される」と読むのも文法的に成立せず、それは「~ から発出して来る」と読む以外に正解はない。そうすれば、語義と構文の自然な順守に従って、「アメリカのアラモゴード砂漠から発する異臭(放射線)」という解釈が難なく得られる。実際、まぎれもなく史上最初と言える核爆発は、日本の広島と長崎への原爆攻撃(つまり史上第二番と第三番の核爆発)に先行した合衆国国内過疎地での試験的核爆発に他ならなかった。イオネスクは合衆国ニューメキシコ州のアラモゴードの砂漠で行われたこの核爆発実験を完全に見落としている。

事の理由が分らない」:イオネスクはこれを核反応の機構の根本原理の未解明としているが、それは奇妙だ。何故ならその基本原理は初め既に理論的に解明済みであって、それを大前提にして、後は技術的応用の問題になっていたのだから。この句は2-3行目を一体として捉えて, 実験直後の放射能降下物の状況如何によっては、事の真相は伏せたまま、実験場近辺の全ての人々を外部へ遠く避難させるだろう」との趣旨で読むべきで、最初の核実験に際して、核開発は米政府の最高軍事機密故、実験直後の放射能降下物の危険な飛散が確認された場合には、毒ガス弾を含む弾薬庫が爆発したとの口実で近隣住民を危険区域外へ軍隊によって強制的に避難させる計画が予め詳細に立てられていた事実(実際には実験後危険が生じなかったと判断されたので、避難は行われなかった)を云うのである。

実際、純文法的に見ても、2行目冒頭の que と云う接続詞は、イオネスクのように読もうとする場合にはどういう機能を持つのか不明だが、「命令・願望の接続詞」(本詩は命令)と見ると、その後には独立節が続くので、本詩に当てはまる。ただし、本来のフランス語では、その場合、独立節の動詞は必ず「接続法」でなければならない(cf. Ibuku, s.v. QUE, p.2016)が、本詩では「直接法未来形」となっている。これは、ノストラダムス独自の「未来予言詩」作成上の破格特異点であろう。従って、又、3行目を「日本国民全体が戦意喪失した時に」と読むイオネスク解は完全な誤りである。これは「アメリカの最初の核爆発実験の時に、広大な実験場の敷地は完全に軍隊によって封鎖され、常時警備されており、その上で、実験後万一、降下放射物の危険が生じた場合には、敷地外の近隣一帯から住民全部を、毒ガス弾を含む弾薬庫が爆発したとの口実を設けて、真相を隠したまま当局の命令で遠くへ避難させる [人々は事の理由が分らないだろうままにあれ!全ての人々が外部へ遠く遣らるべし!] 計画があった」(Cf. U.S. Army, 2018, Beginnings of Trinity Site and Evacuation Report; Close, 2019, p.138) という事実の預言である。この計画は、実験後の安全が確認された為、実行されなかったから、その意味では「この2-3行の詩文は生起蓋然性の預言」となっているが、実際にそういう命令が準備されていた歴史的事実の真正の預言である。

「オッペンハイマー博士が、トリニティーと名付けた実験は、アメリカ独立記念日の七月四日に行う予定で準備が始まった。実験は二〇〇人あまりと、ごく少数の人々が行うことになっていた。当然のことながら準備は極秘のうちに進められ、実験に携わる人々は途轍もない重圧を感じていた。実験場まで三〇キロ以上の道路を造り、何キロにもわたって電線を敷き、FMラジオを設置して十分な通信体制が整えられた。最も心配されたのは、周辺に住む住人たちである。警備のために兵隊を配備し、人々を牧場や住居から強制的に避難させることになっていた。最も力を入れたのは、事故が起きた際の対応で、十分な準備を行った。原爆はおよそ一〇メートル[ママ]*の塔の上に設置された。七月十四日、爆破班が起爆装置を取り付け、実験班に爆破実験の準備が予定通り進んだと告げた。事故が起きた際の訓練が行われ、医療関係者が準備についた。最前線の見張り所は実験塔からおよそ九キロのところにつくられていたが、ベースキャンプは実験塔からおよそ一五キロの場所に設けられた。コントロールタワーは実験塔からおよそ一〇キロのところにつくられ、観測センターとは無線で結ばれて、常時、情報が流されていた。」(日高義樹『なぜアメリカは日本に二発の原爆を落としたのか』PHP研究所、東京、2012, p.62-64)。
*
2020/01/31 () …. 昨年お問い合わせを賜わりました箇所 「原爆はおよそ一〇メートルの塔の上に設置された」につきまして確認いたし、ご指摘のとおり、三〇メートル(一〇〇フィート)の誤りでした。 心よりお詫び申し上げ、訂正いたします。…… PHP研究所 第一制作部」。

そこから翻って、アメリカ合衆国を指すのにノストラダムスが何故わざわざ Lausanne と云う語を使ったかも明瞭になる。なるほど、上記アナグラム解も「LAUSANNE = USA LANDE USAの荒野 = 核実験場の砂漠」と更に突っ込めばいいのであるが、LA を直ちに ロス・アラモスLos Alamos (核開発研究所)又は アラモゴードAlamogordo (核爆発実験場) と読む方がスマートな解釈だろう。他方、スイス・ローザンヌの町を指す時ノストラダムスは「Losanne(IV-42, §235) と表記して、本詩の Lausanne と区別している。

空に火が見られ、外つ国の人々は敗れて」:「火の茸(キノコ)のように天まで広がって行く爆発の後、この異国の民は放射能の威力によって押し潰され殺害されるだろう」というイオネスクの解釈は、彼の通弊とも言うべき原文の粗雑な読みに堕している。何故なら、「空に火が見られ」る事と、「所謂原爆キノコ雲の立ち上がり」とは異なる現象であり、同一の核爆発の時間的に異なる段階の相である。

現実に広島、長崎で核爆発を目撃、体験した人々の証言を総合すると、最初に「空に火球が見られ」、「そして拡大する火球が地上に接すると見るや消えて猛烈な衝撃波と爆風が地上を掃いた後」「地上と地上付近の空気が激烈に熱せられて強力な上昇気流が発生してキノコ雲に成る」というプロセスが認められる(II-91, §868; VIII-16, §869参照)。

従って、「空に火が見られ」という詩の表現は「火球が見られた」(§868 II-91詩では「丸いものの中で死と叫びが聞かれ」と云われている)という事であり、最初の核爆発の兆候が見られたという事である。そして実は、この短い何気ない表現は、これが「アラモゴードでの最初の核爆発実験」ではなくて、広島ないし長崎に実戦使用された最初の原子爆弾の爆発を意味するという事が言えるのである。何故かと云えば、実験場では核爆弾は丘の上の30m (100ft) 程の高さの鉄塔上に置かれて爆発した**ので、そして観察者達は相当遠距離からほぼ水平角度で特別濃いサングラスを通して見ていたので、「天を仰いで空に異様な火球を見た」という状況では無かった。それに対して日本の被爆の場合は、「高層の米軍の飛行機から垂直に投下された核爆弾が地上5、600メートルの上空で爆発して火球と成った」ので、それを最初に気付いた人々は「自分の上空に太陽をも凌ぐ強烈な光球を見た」のである。これが日本に対する核の実戦使用****である事は、勿論、「外つ国の人々は敗れて」という、原爆使用国にとっての正に外つ国たる日本の敗北の直前に位置する表現である事からも確実に言えるのであるが。

**
[19]45716日午前530分、22億ドル以上を投入した世界初の原子爆発装置が、ニューメキシコ州アラモゴードの丘に設けられた高さ30mの鉄塔上で爆発した。その威力はTNT爆薬約19ktにあたり、<トリニティTrinity実験>と呼ばれている。翌月6日広島上空にリトルボーイと呼ばれる235U爆弾が、次いで同月9日長崎にファットマンと呼ばれる239Pu爆弾が投下された。- 劔持幹人」(EH, III, p.164); « … The next morning the entire bomb was raised to the top of the 100-foot steel tower and placed in a small shelter. A crew then attached all the detonators and by 5 p.m. it was complete.» (U.S. Army, 2018, 100-Ton Test on May 7); « … J. Robert Oppenheimer code-named the test Trinity. Hoisted atop a 100-foot tower, the plutonium device, or Gadget, detonated at precisely 5:30 a.m. over the New Mexico desert, releasing 18.6 kilotons of power, instantly vaporizing the tower and turning the surrounding asphalt and sand into green glass.» (U.S. Department of Energy, 2019, World's First Nuclear Explosion).

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日本に対する核攻撃決定過程(『産經新聞』平成30年(2018)8月10日金曜日12版3頁筆頭記事に依る):①194110月、 英独自の原爆開発計画「チューブ・アロイズ」[Tube Alloys, 目的隠蔽の為の暗号名] が始動。②19428月、英国の慫慂下、米「マンハッタン計画」が始まる。③19438月、ケベック協定成る。ルーズベルト、チャーチルの米英首脳はカナダ・ケベック州で原爆の共同開発を密約。兵器(原爆)を互いに対し攻撃するため使用しない;第三国に使用する場合、互いの同意が必要(英側の事実上の拒否権);両国の同意がない限り、チューブ・アロイズに関する情報を流さない、など。④19449月、ハイドパーク協定成る。チャーチルが米国内のルーズベルトの別荘を訪れ、2人は「原爆が完成すれば、熟慮後、おそらく日本に使用される。日本が降伏するまでこのような爆撃が繰り返される旨の事前警告を与えるべきだ」などと合意した。原爆完成後はドイツではなく日本へ投下することが米英で密約され、翌10月、米国は原爆投下の最終準備に入った。⑤194571日、米国政府からの原爆使用同意要請を受け、英政府内での検討を経てチャーチルは容認を決断し、Operational use of Tube Alloys(米国が日本に原爆を使用する作戦)に署名。同月2日英首相官邸がそれを公式覚書とした。⑥194574日、米ワシントンで開かれた原爆開発協力の「合同政策委員会」の席上、英政府代表ウィルソン陸軍元帥が公式に「日本への原爆使用に同意」と表明。⑦1945716日、チャーチルはベルリンから外務省に、トルーマンの前任のルーズベルト大統領と密約した「ハイドパーク協定」の写しを送るよう要請。同24日、協定の写しを基にチャーチルは原爆使用の是非についてトルーマン大統領と協議。原爆投下を躊躇するトルーマンに、「日本は警告なしに真珠湾を攻撃し、多くの米国の若者を殺した」と警告なしの投下を迫り、トルーマンは決断した(米国務長官バーンズの補佐ウォルター・ブラウン回顧録抄)。⑧1945725日、トルーマンは原爆投下指令を承認、投下命令発出。その結果86日、人類史上初のウラン原爆が広島に、9日にはプルトニウム原爆が長崎に夫々投下された。

所で、イオネスクに依れば、ノストラダムスの「アンリ二世宛書簡」の次の一節は、日本の二都市の原爆被災に関連している:「彼等の海軍力 [日本海軍] は西洋人達 [アメリカ軍] によって弱体化されるだろう。そしてこの政府 [日本] に対して甚大な荒廃がもたらされるだろう。そして非常に大きな複数の都市 [広島と長崎] が人口を減らされるだろう。そしてそこに立ち入るだろう者達は、神の怒りの復讐に巻き込まれるだろう。」(№3, p.14) (cf. Ionescu, id., p.595).

イオネスクに依れば、この場合「神の怒りの復讐」という際どい表現は、道徳的な意味合いの神罰ではなくて、原爆被災における「放射線障害」を意味している。何故なら、これがイオネスク独自の功績であるのだが、「神の怒り」に相当するラテン語 IRA DEI を、IRADIÉ というフランス語風の形に変換し、これを更に同じ発音の本来のフランス語 IRRADIÉに変換するというアナグラム手法を通して、「神の怒り」とは実は「irradié (irradiated), 被爆した(者)」という現実的意味合いを持つことが理解されるのである。

因みに、前掲節の続きは、「そして世界中の人々の眼(
まなこ)によって夕刻にあまねく黙想され、長い長い間非常な崇敬を受ける墳墓として在り続けるでしょう。」(№3, p.14)となっている。これは、原爆被災都市たる広島と長崎が、いわば、Universal Memento Moriとして全世界、全人類の悠久の道徳的覚醒と平和希求のランドマークとなることの預言であったのだろうか。
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