FC2ブログ

§863 三国同盟 VS. 国際連盟

世界史の中の日本4

§863 
三国同盟VS. 国際連盟: V-85
日本の対米英蘭戦争突入を告げる預言詩は、日独伊3国同盟が国際連盟の枠から離反して戦争に向かったという趣旨のV-85詩である。

V-85
(§863): 三国同盟VS. 国際連盟 (1933-1941)
ドイツ人達とその近隣の地域によって、
雲が原因で戦争するだろう:
陣営は海の殿様バッタと家蚊ども、
レマン湖の誤りがハッキリ露顕してしまうだろう。

The triple alliance of Japan, Germany and Italy vs. the League of Nations (1933 – 1941):
By the Germans and surrounding regions,
Shall go into war because of clouds:
A camp marine locusts and gnats,
Of Leman the faults shall be fully disclosed.


( Par les Sueves & lieux circonvoisins,
Seront en guerre pour cause des nuees:
Camp marine locustes & cousins,
Du Leman faultes seront bien desnuees.)

ドイツ人達とその近隣の地域によって、戦争するだろうBy the Germans and surrounding regions,
Shall go into war
):
この文には、主動詞shall goに対する文法的主語が欠けているが、事実上の主語機能は、「ドイツ人達とその近隣の地域によってBy the Germans and surrounding regions」という副詞句が担っている。従って、意味上は、「ドイツ人達とその近隣の地域が戦争するだろうThe Germans and surrounding regions shall go into warという文章に変換可能である。この種の破格文型はノストラダムス『預言集』では幾つも見られる (e.g. IV-25, VIII-18, X-87)

Desnuees: = stripped naked(丸裸にされた); « dénuer. To deprive (of); Se dénuer, to strip oneself bare.» (Dubois).

イオネスク解 (Ionescu, 1976, p.487-489) がほぼ、本詩についてその趣旨を呈示している:「詩人ウェルギリウスは何処だったかで『奴は雲の中に頭を突っ込んだ』といった表現を使っているが、これは多分かなり人口に膾炙した言回しで、ルーマニア人の間にもあり、又フランス語の中にもある。それは、雲霞の如き、幻想的で理想郷的な観念を持った人物の事を云うのである。共産主義の出現と時を同じくして、どんなにユートピア的・幻想的であってもその理論は実践に移せるという考えが集団心性の奥深くに滑り込んだ。そして人々は仕事に取り掛かり、理論の応用によって社会革命を起こそうとし始めた。ムッソリーニは古代ローマの栄光を呼び覚まそうとした。それは大きな理想だった。何故それを現実のものにしないのだ?ドイツには最高度に進化した人種という理想が現れ出た。これも引けを取らない凄い理想だ。それは応用に持って行く努力だけの価値があった:国民を純化し、退廃した病気の人民を追放し、更にはそれらを優生的見地から絶滅することさえも。そして次には高等人種の為に出来るだけ広い領地を確保する...。ノストラダムスが上に触れた格言を示唆した時、戦争の奥深い原因となるような雲霞的理想の事を念頭に置いていたと思われる。何故なら、実際に、大戦争を惹起した人間達の頭は『雲の中に』在ったからである:彼等は、一見豪奢に見えるが、慢心の為に高くを目指し過ぎて、或る段階になるとその能力の限界を露呈してしまうような理想を掲げることによって、自らに幻想を与えていたのだった。注目すべきなのは、ノストラダムスがナチズム(ドイツ人達)とファシズム(近隣の地域 =イタリア)に対してこのユートピア的夢想の再燃を責めているに留まらず、国際連盟を創始した列強国に対しても、正義の精神の故ではなくて、他の諸国を支配下に置くことを可能ならしめるような一個の世界政府を念頭に置いていた点で責めているということである。『レマン湖の誤りがハッキリ露顕してしまうだろう』とノストラダムスは結論的に述べているが、これは彼がこの国際組織の隠れた裏側をとてもよく認識していて、結末がどうなるかも分っていたという事を示しているのである。」(id., p.488)

因みに、Sueves という語を「ドイツ人達」と読むイオネスクの説明は説得力がある:「ラテン語 Suevi = 5世紀にフランスに侵入し、更にはスペイン北部にまで浸透して、短命の王国を作ったことで知られるゲルマン民族。ノストラダムスはここで歴史的比喩により、ヒトラーによるフランス征服と、同様に短命な彼の帝国を指している」(id., p.488)

但し、3行目に関するイオネスクの説明:「なお又、飛行機(locustes)及び飛行艇(coussins)を用いた海上戦闘と航空戦闘が行われるだろう。」(id., p.489) は曖昧であり、不十分である。何故ならこの説明自体は確かに独伊の関わる戦争形態に当てはまるけれども、余りに一般的で特定不足の感じが残る。問題の鍵はlocustes, coussins という風変わりな用語に在ると思われる。

locuste」:「= locusta, 殿様バッタ」(Suzuki)。「cousin」:「家蚊」(Suzuki)

イオネスクはlocusta を「sauterelle いなご、ばった」と説明して「avion 飛行機」と解し、coussin = cousin を「水辺で生きる蚊」と説明して「hydroavion, hydroplane 飛行艇・水上機」と解した(id., p.489)。しかし後者が「水辺で生きる」という点で特徴があるというよりも(それなら他の飛行機も容易に超低空で水辺に寄れるだろう)、むしろ「一般に、蚊の方がイナゴやバッタよりも飛ぶ能力は高い」と見るべきで、その飛行能力の違いから両者を区別するならば、主として地上から強い脚力を助けにしてパッと飛び上がって直ぐ又地上に戻る習性のバッタやイナゴに似た飛行機は「艦載機、つまり航空母艦において発着する航続距離が比較的短い軽飛行機」であり、他方それよりも大型で航続距離も長い飛行機が「蚊」によって示唆されているだろう。そしてイオネスクが云うような飛行艇を載せた「水上機母艦」は第一次大戦中の軍備であって、同終戦後は航空母艦が取って代わって第二次大戦中に大きく発展して行く(cf. EH, IV, p.1038; V, p.345)

それに、イオネスクは3行目冒頭のテキストに関し、camp marins (marine camps, batailles sur mer 海上戦闘) と読んでいるが、正しいテキストは Camp marins locustes であり、marins という複数形形容詞は単数形のcamp ではなくて複数形のlocustes に係り、marins locustes (marine locusts 海の殿様バッタ達) となっている。従ってこの海のバッタ達ないし海のイナゴ達は、より一層、「海上船舶附属飛行機」たる「艦載機」のイメージに合致して来る。それに対して、陸上基地をベースとするもっと本格的な飛行機が cousins (gnats 家蚊達)という比喩で捉えられている。

 
そうなると、問題はこれらの艦載機がどの戦争当事国 (camp = a camp) のものかという点である。イオネスクが「戦闘 batailles」と訳した3行目冒頭語 campの意味は、フランス語でも英語でも「戦闘」という行為ではなくて「陣地、陣営、軍兵駐屯地」であり、従っていずれかの交戦国そのものを表現し得る。そして第二次大戦中の実戦的航空母艦保有国は極めて限られていた。それは事実上イギリス、日本、アメリカ合衆国の3国のみの特権的軍備であった (cf. EH, V, p.345)

そうすると、本詩テーマが、1、2、4行目で「反国際連盟派のドイツ(同連盟脱退1933年)とイタリア(同1937年)の戦争行為」を扱っている以上、それと同じ側に立ち同じ「反国際連盟派」である日本(1933年脱退)を同様に扱っている筈だ、との推測は十分な根拠を有するだろう。即ち、3行目は一転して「日本という戦争当事国」にライトが当てられていると読むべきで、このような詩中焦点遷移という技はノストラダムス預言詩の精彩発揮の常套手段であって、これに気付かないと、1-2行目を平板に3行目につないで「2行目で語られた戦争行為が3行目では飛行機を使った海上戦闘として説明されている」という単純過ぎる読みを抜け出せなくなるのである。

実際、日本の戦争行為を「艦載機」の指摘によって表現するという事は、航空母艦保有国の限定性のみならず、その実際の運用事実からも極めて合理的であり、適正な観点である。特にそれは、開戦当初の事態に直結する鋭利な観察である:「真珠湾攻撃 太平洋戦争開戦劈頭、日本海軍機動部隊(空母6隻基幹)は、飛行機353機をもって1941年12月8日(日本時間。アメリカ時間では7日)朝、ハワイのオアフ島にある真珠湾に在泊中のアメリカ太平洋艦隊主力及び同島の航空基地を奇襲し、大損害を与えた。アメリカ側の損害は戦艦4隻が沈没し、4隻が重大損傷を受けた外、多数の艦艇、飛行機、人員が失われた。日本側は飛行機29機、特殊潜航艇5隻、人員64名を失った。作戦は航空の水上艦艇に対する優位を立証し、以後の海上戦が航空主兵になる端緒を作った。(市来俊男)」(EH, VII, 940)

依って、詩中「marins locustes = 海の殿様バッタ = 艦載機」の2語は日本の航空母艦6隻を中心としたこの真珠湾攻撃作戦を示唆するものだろう。

他方、それに続く「cousins = 家蚊 = 陸上攻撃機」の一語は、それより2日後の同年12月10日に遂行された「マレー沖海戦」を表すと解される:「マレー沖海戦 太平洋戦争初頭の海戦。1941年12月10日午後、イギリス東洋艦隊司令長官フィリップ中将率いる新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レパルス及び護衛駆逐艦3隻は、日本軍のマレー半島上陸を阻止するため、マレー半島東岸クアンタン沖を行動中、日本海軍基地航空部隊の陸上攻撃機66機による攻撃を受け、両戦艦は沈没した。日本軍は3機を失っただけであった。この海戦は、洋上航行中の戦艦を航空攻撃のみで撃沈し、真珠湾攻撃と共に航空主兵を裏付けた。この海戦の結果、イギリス海軍は制海権を失い、マレー、シンガポールの運命は決した。(市来俊男)」(EH, XIV, p.228)

即ち、マレー沖海戦では航空母艦搭載機ではなく、「日本海軍基地航空部隊の陸上攻撃機」が活躍した。それはそれ以前に日本が占領していたヴェトナムのサイゴン等南部仏印に所在する航空基地から飛び立った飛行部隊である。実際、その宗主国フランス本国はドイツの軍門に降り、ドイツの同盟国として日本は仏印を押さえたのである。当時英米はフランスが退いた後の仏印を狙っていて、その西洋の再植民地化に先んじて日本軍は1939年には「海南島」を占領し、ヴェトナム最北部(北部仏印)にも入り掛けていたが、1940年9月、「ドイツがフランスをノックアウトした時、日本はインドシナの飛行場を要求しそれらを手に入れた。このことから日本に対するアメリカの最初の経済制裁が発動された。この段階では戦争を本当に望んでいたのは軍のみであった。1941年、インドシナが占領され、7月28日アメリカは石油を含む全面制裁にした。これが、実際、事態を破局へと持って行ったのである。」(Johnson, 1991, p.391)

ノストラダムスはこの預言四行詩で日本を、少なくとも「雲に頭を突っ込んだ」点に関してはドイツ・イタリアと同列には扱っていないように見える。むしろ極めて客観的に日本の軍事行動の特徴を捉えようとしている。この事は、他の詩(VI-80, II-60, V-11)において、日本が果たした世界植民地主義の流れの打破という功績を見ている事と深く関連しているだろう。
_______________________________________
© Koji Nihei Daijyo, 2019. All rights reserved.
関連記事
スポンサーサイト



トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)