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§928 第一次湾岸戦争 (1945-1991): I-63.

大団円としての幸福の科学3(続)  第一次湾岸戦争 (1945-1991): I-63.

第一サンチュリ第63詩 第一次湾岸戦争 (1945-1991): I-63 (§928).

天罰の如き戦火が終って世界は縮小する。    
長い間の平和で各地に住民が住み着き、
人々は安全に空、地上、海中、そして海上を進んで行くだろう。
次いで再び戦争が惹起され


§928  Submarines and airplanes (1945-1991): I-63.

The scourges past, the world diminished,
For a long time peace, the lands inhabited.
People will travel safely through the sky, land, sea and wave,
Then wars will break out anew. (Robb, 1961a, p.131)

Les fleaux passés diminue le monde,  
Long temps la paix terres inhabitées
Seur marchera par ciel, terre, mer, & onde:    
Puis de nouveau les guerres suscitées.

本詩についてはスチュアート・ロブの解釈 (上記英訳) がほぼ完璧と推奨出来る(1961年時点で)。「“海と波 sea and wave”という言い方は冗長ではない。何故なら、船舶は波を貫いて航行するし、潜水艦は海中を行くのだから。」(id.)

これに我々の見解を付け足せば、今日でも潜水艦は一般旅客用ではなく、専ら軍事用であるが、それが「安全に行く」という状況は、戦時ではなく平時の姿であるということである。所で、その長い平和とはどの期間を云うのであろうか。我々の解釈では、「天罰の如き戦火が終って」とは、第二次世界大戦の終結と見る。そして「世界は縮小する」というのは、多くの解釈者が「大戦で多数の死者が出た後の世界人口の減少」とするが、3行目の近代交通の発達に鑑み、単位時間あたりの移動可能距離の飛躍的伸びに逆比例した世界の物理的スケールの見かけの縮小であろうと思われる。又、これも多くの解釈者は逆にとっているが、terres inhabitées の inhabité は、「人が住まない、無人の not inhabited」という通義ではなく、inhabitant (dweller 住人) (Godefroy) という語のラテン語語源 inhabitare (to dwell in) から直接導き出された語 (英語の場合のinhabited に相当) と看做すのが最適であろう。何故ならそれは終戦直後の状況というより、長い平和時の人口増殖及び植民開拓の様子と見られるからである。

そうした第二次大戦後の展望の中で、長期の平和の後、再び戦争が起こるという場合、その戦争は少なくとも形式上世界大戦並みの規模を持つと認められるようなものであろうから、例えば局地的、ないし当事国少数の戦争であった朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、数次の中東戦争、又はイラン・イラク戦争などではなくて多国籍軍が参加した第一次湾岸戦争 (1991) が思い当たるのである。するとその間 (1945-1991)、46年間が相対的意味においてではあろうが、「長期の平和」と呼べる事もあながち不可能ではない。しかも、その再開される「戦争」は複数形 guerres (wars)であるから、第二次湾岸戦争 (2003) をも間接的に視野に置いているという事が出来る。

他方、フォンブリュンヌ (Fontbrune, 1982, p.235) はこの長期の平和を「普仏戦争終結 (1871) から第一次大戦開始 (1914) までの43年間」とするが、それはフランス一国のみの観点である点で不十分であり、且つ、我々の云う「46年間」にも及ばないという点でも蓋然性を減ずる見解である。

このように見ると、本詩は「戦争の物音がする頃に、太陽は辱めを受けるであろう」というIV-28 詩 (§933) と繋がる預言詩であり、更には「その前後マルス(軍神)は幸運に統治するだろう」という表現を持つX-72 詩 (§944) にも通底している。
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