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日本関連詩7 ウォールストリート・クラッシュ

日本関連の預言詩7
VIII-28詩 : ウォールストリート・クラッシュ(1929.10- )

前々回見たように、V-32詩(万事順調で全く日月が豊富な所、豊かなる東、その破滅は近付いて居る:汝の運命(財産)は天から身を乗り出して空を進む(落下する)。第七の巌と同じ状態になって)が 日本のバブル崩壊 (1990-2000)を詠っているのに対して、次のVIII-28詩は1929年10月に端を発し世界的に波及して行った米国の恐慌を預言したものである。なるほど1-3行目は恐慌一般を指すだけだが、4行目の表現は注意して吟味すれば日本には当てはまらない事が分るのである。

VIII-28詩(§769): 株式バブル・破裂・悲劇 (1929.10-)
金銀の模造品が膨張し、
その結果、誘拐の後、湖水に投じられるだろう。
全員が債務不履行となり、消え失せたり困窮したり、
銘が刻まれた大理石の間に既に刻まれた大理石どもが挿入される。


Wall Street Crash (1929.10-): VIII-28.
The simulacra of gold and of silver so inflated,
That after the kidnapping in a lake were thrown.
In debt extinct all and troubled,
Among the inscribed marbles the before-inscribed ones interjected.


( Les simulachres d’or & d’argent enflez,
Qu’apres le rapt au lac furent gettez
Au descouvert estaincts tous & troublez.
Au marbre escript prescripz intergetez.)

金銀の模造品」:証券(株等の有価証券)を指す。多くの論者は紙幣 (paper money) と解する(山根和郎(Cheetham), 1988, p.260; Laver, 1952, p.222; Hogue, 1997, p.640; Halley, 1999, p.143)が、しかし紙幣(銀行券)は特に金本位制の下では金と同等であり、管理制度下でも法的公的保証を持つのに対して、証券は全く私企業性のもので、最も模造性が高い。しかも紙幣、郵便切手、収入印紙等の「金券」は「有価証券」のカテゴリーには含まれず、両者は基本的に性格が異なる。その最も顕著な違いは、金券、取り分け紙幣が「無価値になる」事は無いのに対して、有価証券はその発行企業等が倒産したりすれば文字通り価値零と成り得る。従って、「湖水に投じられる」という2行目の記述が「紙くず同然と成る、全く無価値になる」と云う意味だとすれば、その事は紙幣には妥当せず、有価証券にしか当てはまらない事が分る。この表現を紙幣ではなく「有価証券 papiers et valeurs」として理解した解釈者は唯一、ドクター・フォンブリュンヌのみである(Fontbrune, 1939, p.135)。

誘拐」:これは「子供の誘拐 kidnapping」というのが本義であるが、証券の暴騰・暴落という文脈の中では「大切な証券の金融価値の喪失」、つまりその「暴落」(虎の子を失くす)を意味する。

湖水に投じられる」:「無価値になることwill be worthless」(Lamont, 1942, p.142)。

「債務不履行」:原語 descouvert は「赤字 deficit、資金ショートshortage」を意味する(Dubois)。

消え失せ」:原語 estaint (extinct) は「命が消える、死亡」を意味する。この場合は資産喪失を悲観した自殺が主に考えられる。

銘が刻まれた大理石」:これは明らかに墓標・墓石のことである。次の「既に刻まれた」という言い方に対比して、これは新たに銘刻され建てられた墓石、最近亡くなった人の墓である。

既に刻まれた大理石ども」:これは上記事項に対比し、「以前から建てられている銘刻付きの既存の墓」という意味だろう。原語 prescripz は les marbres prescrits (the before-inscribed marbles) の意味であろう。

銘が刻まれた大理石の間に既に刻まれた大理石どもが挿入される」:これは事柄を反対方向から描写した表現の彩で、実際は「以前に刻まれ建てられた墓石どもの間に、新しく刻まれ建てられた墓石が挿入される」ということである。

さて、この最後の記述は、「個々の死者ごとに新しくその個人の名前を刻んだ墓石を建てる」という一般的風習を背景にしたものだから、日本のように家族単位で一つの墓石を建てて維持し、同じ家族内の人々が共同でそこに埋葬されるが、必ずしも死者個々人の名前は刻さず、「***家の墓」「先祖代々の墓」として満足するという風習の大方定着した文化圏には当てはまらない。

従ってこの詩は、日本の1990年代の恐慌ではなく、1929年秋から1930年代初めにかけての合衆国の恐慌を預言したものと見てよい。実際、当該恐慌時期、合衆国は「金本位制」を採用していて、それを停止したのはやっと1933年3月だった。よって、当時、銀行券は「金銀の模造品」ではなく、レッキとした「金の兌換体」として金銀と同等・同価・同値であって(もっともその兌換機能自体は事実上は機能不全に陥っていたが)、語られているのは「銀行券以外の証券・株」だという事が推断できる。そして実際にも、銀行券自体が当時暴騰・暴落を経験した訳ではない。第一次大戦後のドイツ・マルクの場合は極端なインフレーションに陥った例であるが、アメリカではドルにそいう事は起こらなかった。

「株が下がり始めたのは1929年9月で、10月にはパニックになった。パニックが終わった11月13日の株価指標は452ドルから落ちて224ドルだった。これにおかしな点は何もない。急上昇の一年を経た1928年12月にはたったの245ドルだったのだから。しかし値はゆっくりと、だが容赦なく下がり続け、その真の函数たるべき経済実体を反映しなくなった。そして代りに暗い運命の機関と化し、アメリカ全国民を、そしてそれに続いて全世界を、破滅へと連行した。1932年7月8日までに、ニューヨーク株式指標はパニック終了時の224ドルから58ドルに落ちていた。」(Johnson, 1991, p.240-241)。

この最高値452ドルに対する底値58ドルは、12.83%水準への下落であるから、1990年代の日本のバブル崩壊の下落幅:38915.87円 → 13785.69円 (35.42パーセント水準への下落)よりも圧倒的に猛烈な暴落であった。因みに昨日(2011.10.4)の日経終値8824.59円はピークに対して22.68%水準であるから、これは相当危ない数字になっている。
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