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§245: 北米へ移民・植民開始(17世紀)

U.S.A.関連の預言詩1

§245: 新大陸(北米)へ移民・植民開始(17世紀): II-19.

第二サンチュリ19詩: II-19 (§245):
新しい到来者達、防御も無しに場所作り、
その時は住めそうも無い土地を占拠するだろう。
牧草地、家屋、畑、街を思いのままにするだろう。
飢え、疫病、戦争があり、農地は長い間耕し続けられるだろう。


§245: Immigration to and Plantation of the New World (17th century): II-19.
The newcomers, their settlements without defense,
Occupying the territories then uninhabitable.
They shall take meadows, houses, fields, towns as they like,
There shall be famines, pest, wars, extended lands to plow for a long time.


( Nouveaux venus, lieu basti sans defense,
Occupera place par lors inhabitable.
Prez, maisons, champs, villes prendra à plaisance,
Faim, peste, guerre, arpen long labourable.)

上記のように訳して見ると、余計な説明なしにテーマが何であるかが明白である。従って、これを「第二次大戦中から戦後のユダヤ人達のパレスチナ入植(1939-1948)」と捉えたフォンブリュンヌの解釈 (Fontbrune, 1980, p.331-332) は正しくない。何故ならそれは「パレスチナのアラブ住民」という既住者を原理的に排除することを伴っていたから。他方、新大陸入植(ここでは北米大陸を想定)は、原住民が居なかった訳では無いにしても、土地の広さに比べてその居住密度は希薄であり、既住地は部分的で、初めの入植者は「その時は住めそうも無い土地」を選ぶことが出来た。

パレスチナへのユダヤ人の入植は、大英帝国がバルフォア宣言(1917年)によってパレスチナにおけるユダヤ人国家建国の方向性を国際政治の中で示し、且つ第一次大戦後はイギリスの委任統治領となった為、パレスチナは事実上イギリス軍の守護を受けて、入植者が激増した。他方、北米入植者は軍隊という最強の守護は何もなく、時として原住民と自ら実力で争い、又、「飢餓と疫病」という原始状態も経験した (cf. HH, XXII, p.576 )。それに対してユダヤ人入植者は大局的には平均的文明生活を携えたまま移住しており、「飢餓と疫病」は起こらず、唯一「パレスチナ原住民との絶えざる戦争状態」が続く事になった (cf. EH, I, p.954-955)。

更に又、「長い間耕し続けられる」ような広大な土地の余裕も、パレスチナには無かったが、北米大陸にはあっただろう。

以上のように、詩文の列挙事項は全てアメリカ入植者には当てはまるが、パレスチナのユダヤ人入植者にはごく一部しか妥当しない。

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© Koji Nihei Daijyo, 2012. All rights reserved.
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§247: 同君連合誕生と合衆国の萌芽

U.S.A.関連の預言詩2

§247: 同君連合誕生と合衆国の萌芽(1603; 1619): IV-96.

第四サンチュリ96詩: IV-96 (§247):
ブリテン島の姉さんが、
弟が誕生するであろう時より15年前に:
確証された約束によって、
天秤型政体の後継になるであろう。


§247: Birth of the United Kingdom; germ of the United States (1603; 1619): IV-96.
The elder sister of the British island,
Fifteen years before the birth of her brother:
By her promise confirmed,
Shall succeed to the reign of balance.


( La sœur aisnee de l’isle Britannique,
Quinz ans devant le frere aura naissance:
Par son promis moyennant verrifique,
Succedera au regne de balance.)

この姉弟は肉親の個人ではなく(そういう関係者は歴史的に見当たらない)、「ブリテン島」という固有名詞に因むイギリスと、その弟に相当するアメリカという国の関係を表す比喩である。

そこで、詩の第一文脈は「ブリテン島の政体が天秤型政体の後継になる」という事であり、第二文脈が「その15年後にアメリカが誕生する」という事である。

アメリカの誕生はどの時点で見るかで幾つかの選択肢があり得るが、「生誕」というナイーヴな表現に即せば、最も初めの形成を示唆すると思われる。そうするとそれは、「各植民地代表が集った最初の総会としての1619年7月のヴァージニア会議」(HH, XXII, p.582) を挙げる事が出来るだろう。

そしてその15年前は1604年であり、その前年1603年にはエリザベス1世が死去し、その甥(エリザベスの妹メアリー・スチュアートの息子)スコットランド王ジェームズ6世がジェームズ1世としてエリザベスの後を継いだ。そこに図らずも「イングランドとスコットランドの同君連合」が成立することになった。これが「姉」の正体であろう。何故なら、それ以前は「天秤型政体」であった、つまり「天秤」のようにイングランドとスコットランドが同じ一つの島を南北に二分して絶えず緊張関係の中で動揺していたのが、同一の王朝の下に事実上統合されたからである。この場合、15年という表現は「16年に代る切りの好い言い方」であるだろう。この種の表現法(楷書的表現とでも呼べるもの)はノストラダムスの一つの修辞法である。因みに、一人の歴史家 (Henry Cabot Lodge) は上記「ヴァージニア会議」に関連して当時の英国を「母さん国家 the mother country」、アメリカを「赤ちゃん国家 the infant state」と呼んだ(HH, id.)。この関係を預言者は「姉弟」と見たのである。

では、「確証された約束によって」とはどういう事か?(原語 verrifique は vérification, verification 立証・確認と読む。)それは次のようなエリザベス女王臨終時の後継者指名の経緯から理解できる:

「病気になった初めのころ、女王は王冠を正当な後継に譲る積りだと言われていた。今やスコットランド人達の王の為にそんな曖昧ではない意思表明を彼女から引き出すのが適切であるように思われた。女王の命の最後の夜に、3人の高官がその許に伺候した。そこに居合わせた女王附き女官の話によれば、高官達から女王に最初に告げられた人物はフランス王とスコットランド王であった。女王は口も利かず、身動きもしなかった。第三番目の名前はボーシャン卿の名前だった。この名前を聞くと彼女の精神が動いた。彼女は答えた:『我が玉座は王達の玉座だったのです。私が欲しいのは悪漢の息子ではなくて王者です。』説明を乞われた女王は云った:『スコットランドの我が甥の外に誰がいますか?』昼の間に女王はしゃべれなくなった。午後、大主教及びその他の高僧達が立ち去った後、顧問官達が再び訪れ、セシルが女王にその決意が今も変わらないかどうか尋ねると、それに対して女王は突然ベッドの中で体を上に持ち上げ、両腕を床から出して頭の上で王冠の形にして両手を組んだ。夕方6時女王は大主教と宮廷附き牧師を求めた。大主教が彼女に信仰を糾した。彼女は印で返答した。彼女の希望で大主教は夜遅くまで祈った。それから彼が暇乞いして、そして1603年3月24日午前3時、女王は静かに崩御した。10時にはジェームズの即位が宣言された。」(HH, XIX, p.431-432)。

N.B. 姉と弟をイギリス王政史上に求める企てはいずれも成功していない。例えばレイヴァー (Laver, 1952, p.135) もイオネスク (Ionescu, 1987, p.103) も、「15歳の時にいとこのオレンジ公ウイリアムと結婚したメアリー2世」を持ち出すが、しかしQuinz ans, fifteen years という句は「15歳の、15歳で」という意味の形容詞句ないし副詞句ではなく、「弟が生れるだろうよりも15年前に」と従属節に係る副詞句と読む以外は許されない構文になっている。又、ニクロー (Nicoullaud, 1914, p.112) は、1662年生まれの姉メアリーに対して1688年生まれのその弟 (le prince de Galles ) を挙げるが、彼自身も云うように「歳の違いは26歳」という事になってしまい、救いようがない。

他方、ロバーツ (Roberts, 1969, p.135) とホーグ (Hogue, 1997, p.370) は、「大英帝国の子供のうち長姉に当る共和国アメリカの独立が1776年で、同じ共和国としてのフランス(アメリカの弟に当る)の誕生が1791年なら、丁度15年の開きがある」とする。しかし正確にいえば、フランス共和政宣言は1792年であったから、差は15年ではなく、我々の解釈と同じ16年である。しかもロバーツは詩の全体を解釈するに至らず、又ホーグは「フランス(その弟)との同盟の助け (promise) によってアメリカはイギリスを負かすだろう」と読んでいるが、3行目原文 Par son promis moyennant verrifique, By her promise confirmed はどう見ても「同盟の助けによって」と読める可能性を持っていない。
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§337: アメリカ独立戦争と西方拡大

U.S.A.関連の預言詩3

§337: アメリカ独立戦争と西方拡大 (1778-1898): X-68.

第十サンチュリ68詩: X-68 (§337):
海軍が都市の面前で持ち応えるだろう、
次いで出港するが長い旅程を全うしないだろう。
市民達は土地の大量取得を行うだろう、
軍隊を向き変えて大戦利品を繰り返し取るだろう。


§337: Independence war and western extension of the United States (1778-1898): X-68.
The naval army shall hold in front of the city,
Then it shall go out with making no long traverse.
Citizens shall gain great preys of land,
And turn over their army to take great spoils in succession.


( L’armee de mer devant cité tiendra,
Puis partira sans faire longue allee,
Citoyens grande proye en terre prendra,
Retourner classe reprendre grand emblee.)

海軍が都市の面前で持ち応える、次いで出港するが長い旅程を全うしない」:これはアメリカ独立戦争の終盤局面に関する預言だとイオネスクは解釈した (Ionescu, 1987, p.184-186)。即ち、ヘンリー・クリントン将軍の率いる英国軍がワシントン率いるアメリカ軍を退けてニュー・ヨークに基地を置き、専ら防衛戦に徹した1778年から1781年の期間の戦況を表すのが1行目の記述であり、そして2行目は南部ヨークタウンに拠る英軍副将コーンウォリスが、フランス友軍と共なるワシントンの軍及び米主艦隊によって包囲された1781年の危急時、ニューヨークに固執し続けて南へ救援を派遣する時宜を逸したクリントンの判断ミスを扱っている。このイオネスク解は確かに正鵠を射ているだろう。事実、ヨークタウンにおけるこのコーンウォリスの降伏 (1781.10.19) によって、5年有余続いたアメリカの対英植民地解放独立戦争は終りを迎える。

市民達は土地の大量取得を行う」:「第3行目は、勝利して後、パリ条約 (1783) によってアメリカ人が獲得することになる広大な領土を述べている」(Ionescu, id.)。「北米合衆国領土の拡張 独立前の13州は東方大西洋に面した細長い地帯であったが1783年独立の際、イギリスとの和約でミシシッピー河東の広大な地域が割譲され、その後南と西とに大いに発展して、19世紀の中頃には早くも太平洋岸に達した。」(有高巌『世界史精講』池田書店、東京, 1990, p.475)。

なお、「citoyen (citizen) 又はcitadin (townsman) という語を含む4行詩は大抵、アメリカに関するものである」(Ionescu, id.) というイオネスクのコメントはそのままでは受け取れない。何故なら、『預言集』に3回出るcitoyen (citizen) は、VII-22詩では「フランス軍兵」、X-59詩では「ドイツ人、サヴォワ人、イタリア人」を意味し、「アメリカ人」を意味するのは只1回本詩のみである。又citadin (townsman)は『預言集』に5回出て、2回は「アメリカ人」(VII-19, VIII-74)、2回は「フランス人」 (III-6, X-81)、1回は「イタリア人」(IV-69)である。従って「大抵 presque toujours」というイオネスクの主張する「頻度」は誇張である。

軍隊(classe はラテン語classis: 軍隊、海軍、艦艇、艦隊の借用語。§256, IV-23 と§874, II-60においては「艦艇」の意味であったが、ここでは冒頭の「海軍」という語に対して陸軍を意味する。)を向き変えて大戦利品を繰り返し取るだろう」:これは対英独立戦争の場が北米大陸の東部大西洋岸であったのに対して、対英和平 (1783) 後、アメリカは「西部方面へとその軍事力行使の目標点を向き変えた」事実、及び「その軍事力を支えにして大陸の西部と南部に数次に渡り [繰り返し reprendre のre- (retake の re-)] 新たに領土 [大戦利品grand emblee] を拡大して行き、19世紀中頃遂に太平洋岸に達し、更に19世紀末には太平洋を越えてハワイ、フィリピン等まで手中に収める [取るだろう]」事実を指す。

この4行目のイオネスク解は「彼等はその注意を西部に向け変え (retourner classe)、そこにより一層多くの領土拡張を行ってゆくが、それは戦争という手段に依るよりは、より多く外交的並びに通商的手練手管に依るだろう (prendre grande emblée)」となっているが、テキストとの対応に問題が残る解釈である。厳密に言うと、明らかに彼はテキストを自己流に換骨奪胎してしまっている。

先ず、retourner classe (to turn over or convert their army, or to change the direction of their army) というテキストはどう見ても「その軍隊を方向転換する」という以外の意味ではあり得ず、イオネスクのやったように「その注意を向け変える」とは読めない。無論、イオネスクは全て承知の上でそうしたのだろうが、その彼の読みを動機付けたのは、emblee ( = emblée) という語についての彼の「深過ぎる読み」である。彼はしばしば「語の深層の意味を求めて字義上の第一表示意味を無視する」という極端な解釈権を行使して憚らない。

emblée とは端的に「盗み取り vol, thieving」(Godefroy) の意味であり、その動詞形 embler は「奪うことdérober, to thieve; 盗み取ることvoler, to steal」(Godefroy)「盗みによって手に入れること enlever en volant, to take in stealing; 盗むこと voler, to steal; 奪い取ること dérober, to thieve;取り上げること ôter, to take away」(Daele) である。

これをイオネスクは「巧妙な手管で他人の財物を取ること」という古辞書の引用で説明するが、然しその辞書の説明は要するに、取りも直さず「他人の物を盗むこと」について一般的、定義的に説明しているのであって、必ずしも「外交的、通商的手練手管で」といったポジティヴな意味合いは無い。むしろ逆にそこから「武力等の強制的威力によって」という意味も排除されないのである。実際「盗む事を暴力で行なう」のも「巧妙な手管で他人の財物を取ること」の一種である。この embler という語は『預言集』で他に2回使用されており、VI-10詩では「幾つかの選択肢の中から自分の物としてどれかを選び取る」という意味であり、VIII-21詩では「革命派が議会を支配して国富を奪い取る」といった意味であるから、その非イオネスク的意味における「巧妙な手管で他人の財物を取ること」という伝統的辞書の定義が妥当する。

しかし、彼がこの用語の原義採用に納得が行かないのは或る意味で頷ける。何故なら、彼は1803年にフランス政府から買収によって米政府が獲得した「ルイジアナ」を引き合いに出しており、買収は「金銭の対価支払い」であって、確かに「端的な窃取」ではないからである。

しかしノストラダムスの真意は、最初に「武力」に言及し、次いでその目的のように「大いなる窃取の繰り返し reprendre grand emblee」という事を述べているから、そして、「窃取とは極めて安価に、又は極めて容易に手に入れる事」という意味でもあり得るから、そこに「武力が陰に陽に介入した」というのがノストラダムスの預言の筋であるだろう。

イオネスクは殆ど無意識的に彼自身の亡命先の安住地アメリカについて、過去の事とは言え「領土拡大における武力行使」という生の現実には直面したくなかったのかもしれないが、実際は彼の言うように「アメリカはより一層多くの領土拡張を行ってゆくが、それは戦争という手段に依るよりは、より多く外交的並びに通商的手練手管に依るだろう」という事ではなかったと云わなければならない。ノストラダムスの詩句は、彼の読みとは逆に「基本的に武力を前提にした領土拡張」であろうとの預言なのであり、史実はむしろこの予言通りであった。

i) 即ち、当の「ルイジアナ買収」について言えば、最初は「議会に於いてルイジアナ地区全体の力に依る所有の提案 A proposal was made in congress to take forcible possession of the whole province of Louisiana」(HH, XXIII, p.317) が為された。しかし結局はもっと穏当なやり方を取る事に決まり、その交渉中、ナポレオンのフランス自体がイギリスと戦争になって、領土よりも当座はお金が欲しい為、アメリカにルイジアナ売却を申し出たので、その願っても無いチャンスを捉えて「1500万ドルという取るに足りない金額 (the trifling sum) で」(HH, XXIII, p.318) 広大な地域を手に入れたのである。もしこの場合、フランスが売却を持ちかけなかったなら、フランス・イギリス戦争の最中、アメリカは武力を行使することを躊躇わなかったのではないか。

ii) 次にアメリカは1819年、スペイン領であるフロリダの地で原住民相手にセミノール戦争 (1817-1818) を戦い勝利して、その余韻の中で1819年スペインからフロリダを「買収」した (HH, XXIII, p.346-347)。

iii) それから「ルイジアナ購入以来アメリカ人はメキシコとの国境を無視して盛んにテキサスに入植した。この入植を排除しようとするメキシコ軍と衝突した有名な事件がアラモ砦の戦いで、メキシコ兵1544名を殺しながら砦に立て籠った187名全員が玉砕した。これ以後「アラモを忘れるな」はアメリカ人の合言葉となり、併合達成への士気が鼓舞され、1845年テキサスの併合に成功した。」(木下康彦他編『改訂版詳説世界史研究』山川出版社、東京, 2008, p.382)

iv)「この時アメリカのジャーナリズムはアメリカの領土は天から与えられた使命とする「マニフェスト・ディスティニー Manifest Destiny (明白な天命、膨張の天命)」を盛んに訴えた。この言葉は、低い水準にあるアメリカ大陸の地域に対してアメリカ人の文化や制度を与えその土地をアメリカが併合する事は神によって示されている明白な天命であるという考え。これがオレゴンの併合を必然的なものとし(1846年併合)、」(木下康彦他編『改訂版詳説世界史研究』p.382-383)

v) 「更にメキシコと戦って(アメリカ=メキシコ戦争 1846-1848)、1848年カリフォルニアなどを獲得した。」(木下康彦他編『改訂版詳説世界史研究』p.383)

vi) それに引き続いてメキシコからアリゾナ南部及びニューメキシコ南部を買収(1853年)(HH, XXIII, p.392)。

vii) アラスカをロシアから買収(1867年)(HH, XXIII, p.687)。

viii) 1898年ハワイを併合 (HH, XXIII, p.687)。

ix) 1898年対スペイン戦争勝利後にフィリピン、グアム島、サモア諸島一部及びポルト・リコを併合 (HH, XXIII, p.687)。

以上のように見て来ると、1846年のイギリスとの協約に基づくオレゴン併合も、その前史は英米が1818年以来共同占領していた以上、実質的に武力併合であった (HH, XXIII, p.687)。そして全く平和裏に、純粋に経済利害上ロシアとの間で売買されたアラスカの事例 (vii) 以外の全ては、「陽に (事例 iii, iv, v, viii, ix)、陰に (事例 i,ii, vi)、武力併合された」と言えるだろう。

しかも、対外的に獲得した土地でも、そこには常に原住民が存在していて、一番最初の入植時以外は必ず激しい抵抗に出会い、アメリカは騎兵隊を主力とした武力で実質的征服を遂げて行ったのは紛れもない現実であった。
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§338: アメリカ独立戦争と南北戦争

U.S.A.関連の預言詩4

§338: アメリカ独立戦争と南北戦争 (1775-1781; 1861-1865): III-70.

第三サンチュリ70詩: III-70 (§338):
イングランドが含まれる大ブリテンが
洪水になる程高まった水嵩の故に駆け付けるだろう:
U.S.A.の新同盟は戦争を行なうだろう、
アメリカ人が自分達自身に対して団結・抵抗するだろう時に。


§338: Independence War and Civil War of the United States (1775-1865): III-70.
The great Britain where included England,
Shall rush because of the mass of water so high as to flood:
The new league of U.S.A. shall make war,
When they ( = the American people) shall come to band together against themselves.


( La grand Bretagne comprinse l’Angleterre
Viendra par eaux si hault à inunder:
La ligue neufve d’Ausonne fera guerre,
Que contre eux mesmes il se viendront bander.)

イングランドが含まれる大ブリテン」:原文 La grand Bretagne comprinse l’Angleterre(大ブリテン イングランドは含まれ)に一語 où (where) を補って、La grand Bretagne où comprinse l’Angleterre (イングランドが含まれる大ブリテン)と読む。これは1707年にイングランドがスコットランドを併合して成立した「大ブリテン王国 Great Britain」を指す。

洪水になる程高まった水嵩の故に駆け付けるだろう」:これは1775年に起った大ブリテン王国の北米大陸植民地住民の独立革命(洪水になる程高まった水嵩)に対して本国政府軍が鎮圧に駆け付けるという意味である。「水 eaux, mass of water」という語も(cf. Torné-Chavigny, 1861, p.111; p.204)、「洪水になる inunder ( = inonder), to flood」という語も共に、『預言集』では「動乱、反体制蜂起、革命」という意味で使われる事が多い (cf. Ionescu, 1976, p.384, p.428; 1987, p.528)。

即ち、「水」は全30回中「本義としての水・川・海の用例が16回」「黄道12宮の宝瓶宮が2回」そして「大衆蜂起・暴動・革命が11回」(I-11, II-54, II-87, III-70, V-86, V-87, VI-10, VIII-7, IX-51, X-10 & X-60)、「単なる大衆」が1回 (X-71) で、、「洪水」は全4例が全て「革命・動乱」の意味である。以上は本詩も算入済みの統計だが、明らかに本詩は「革命」の意味である。

但しイオネスクはそう取らず「大英帝国の圧倒的な海外進出の勢い」と見た (Ionescu, 1976, p.549; Takemoto, 2011, p.545f)。しかしその場合彼は、venir par eaux si hault à inonder を「その諸征服によって殆ど世界を水浸しにした qui avait presque inondé le monde par ses conquêtes, that had almost flooded the world by its conquests 」と読むのだが、これはテキストに忠実ならざる御都合主義になっている。何故なら、原文の主動詞 venir, to come はこの文では二通りの解釈があり得る。

一つは venir à + inf. という形式に則って venir à inonder とするもので、この場合は「venir は偶然 [偶発] のアスペクトを示す助動詞として、偶然 [不意に、思いもかけず] ... する;ひょっとして... することがあれば、という用法になる:例えば、Le roi vint à passer. (The king happened to pass) 偶然王様が通りかかった。S’il venait à mourir...(If he should happen to die) 彼がもし死ぬような事にでもなれば...。」(Ibuki) 従ってテキストは「イングランドが含まれる大ブリテンが非常に高まった水で(or 非常に高まった水辺で)偶々洪水を起こすことになるだろう。」という意味合いのものになる筈だ。

第二は、venir がそういう助動詞ではなくて一定の場所的移動を表す基本動詞だと見るもので、その場合は venir par eaux という連結に於いて、例えば「Venez par là. こちらから(こちらの道を通って)来て下さい。」 (Ibuki)」と同様、「イングランドが含まれる大ブリテンが洪水を起こす程高まった水路(or 海路, or 水辺)を通ってやって来るだろう。」となる。このいずれの読みも大ブリテンの何らかの史的事象に関連付けられる可能性は限りなく零に近い。

結局、イオネスクは、「本来、体制に抵抗する革命的動乱」を象徴する「水・洪水」を「大ブリテン王国の圧倒的な海外征服事業という体制確立の大運動」として完全にひっくり返して読んだ所に錯誤の淵源がある。

そうではなくてこの場合、 par eaux の par は「(海路、水辺といった)場所」ではなく「原因・理由」を示す機能語であって、「水の故に= 動乱の故に」と読むべきである。そして、その基本句に「si hault à inonder, so high as to flood」という形容句が係っている。しかも、「大英帝国の凄まじい海外進出」に関してはイオネスク自身も挙げる (Ionescu, 1987, p.73-74) それ専用の預言詩 X-100 (§861) があるから、本詩にそのテーマを期待する必要もないのである。

U.S.A.の新同盟」:La ligue neufve d’Ausonne を「アメリカ合衆国 the United States of America (U.S.A.)」とするイオネスク解釈 (Ionescu, id.) は妥当だろう。即ち、Ausonne の AUS は、VIII-10詩 (§867) のローザンヌ Lausanne のUSA = U.S.A. と同様、U.S.A.を示唆しており、ligue は II-100 詩の la grande ligue に通じ、United Statesを表す。そして、合衆国成立 (1776) の後100年にも満たない僅か85年の1861年にこの「新しい合邦国家」は内戦に突入する。

U.S.A.の新同盟は戦争を行なうだろう、アメリカ人が自分達自身に対して団結・抵抗するだろう時に」:これを依然として「大ブリテンに対するアメリカ独立戦争」とするイオネスク解釈 (Ionescu, id.) は過っている。何故なら、4行目の「彼ら自身に対して」合衆国人が行なった戦争はアメリカ内戦以外ではなく、従ってそれは「南北戦争」である。この「彼ら自身」をイオネスクのように「イギリス人=大ブリテン人」と読む事は出来ない筈だ。何故なら主語が「アメリカ合衆国、延いてはアメリカ人」であるから、それは既に「イギリスから離脱した存在」であるから、「その彼等自身」はどうしても「アメリカ人」である。しかも詩の前半が「アメリカ独立戦争」を扱っているからには、後半が「アメリカ内戦」を扱うという預言詩の構成は全く自然で合理的だ。

即ち、「アメリカ人が自分達自身に対して団結・抵抗するだろう時に」とは、デヴィスを大統領とする「アメリカ連合国 Confederate States of America」がアメリカ合衆国に反旗を翻して結成された時を云う:「こうして政治問題となった黒人奴隷制問題は1860年の大統領選挙の最大の争点となった。1860年の大統領選挙では、共和党はリンカン、民主党はブレッキンリッジを候補として激しい選挙戦が展開されたが、リンカンが勝利して第16代大統領に就任した。南部はこの事実を認めようとせず、61年2~3月、リッチモンドを首都としジェファソン=デヴィスを大統領とするアメリカ連合国を結成して連邦から脱退した。リンカンは穏健な奴隷解放論者であったので、奴隷解放より連邦の統一を優先する方針を取って南部側の独走を抑えようとしたが失敗し、南部側によるサムター要塞攻撃事件が61年4月起きるに及んで南北戦争 (1861-1865) が勃発した。」(木下康彦他編『改訂版詳説世界史研究』山川出版社、東京, 2008, p.385)」。

なお、原文の4行目 il se viendront (He shall...) は、ilz se viendront (They shall...) (№2)と読む。勿論、この「彼等」は文脈上「合衆国国民」である。そして、se bander (to band together) という代名動詞は「Tendre ses forces (to strain its forces), se raidir (to tighten itself), se soulever (to rise up), se liguer (to league)」(Cayrou, p.75)」というように基本的に二義(奮闘・団結)を持ち得る。
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§339: アメリカ南北戦争と長期の平和

U.S.A.関連の預言詩5

§339: アメリカ南北戦争と長期の平和 (1861-2000): X-42.

第十サンチュリ42詩: X-42 (§339):
イギリス生れのその人間的政体は、
その政府をして平和と統一を維持せしめるであろう。
その国土の半分の虜囚戦争は
その国民に対して長い間平和を保たせるであろう。


§339: A long term peace after the Civil War of the United States (1861-2000): X-42.
The human reign of English birth,
Shall make its government hold peace and union.
The captive war with another half of its territory
Shall make for them maintain peace for a long time.


( Le regne humain danglique geniture,
Fera son regne paix union tenir
Captive guerre demy de sa closture
Long temps la paix leur fera maintenir.)

イギリス生れのその人間的政体」:勿論これは大ブリテン王国の植民地という地位を自力で脱して独立を勝ち取った「共和国アメリカ合衆国」を指す (cf. Ionescu, 1987, p.195-197)。原語 danglique は d'anglique と読み、anglique = anglais (English) と解す。又、geniture は「産むこと、誕生、種子」(Godefroy)の意である。

その人間的政体は、その政府をして平和と統一を維持せしめるであろう。その国土の半分の虜囚戦争は その国民に対して長い間平和を保たせるであろう」:これは前半が建国以降の米政府の基本的任務、業績である所の国内平和と連邦的結束を語り、後半がその2ポイントに関して取り分け危機的であった南北戦争とその幸いなる結果を表現している。実際、南北戦争終結の1865年からノストラダムス預言終了の2000年までの135年間、アメリカ合衆国は、少なくともその大陸領土内では大きな戦争体験から免れた。僅かに第二次大戦初頭ハワイ真珠湾を日本軍にやられた事を考慮しても、他の諸戦闘に比べれば全く軽微な損害にしか過ぎなかった。

検証
本詩についてはイオネスク解釈 (Ionescu, 1987, p.195-197; Takemoto, 2011, p.550f.) が趣意把握の功績を有するが、然し相変わらずそのテキストの読みは粗雑だ:「世俗的で反神権的な性格のアメリカの政府組織は、英国の君主政国家の息子であるだろう。それは統合が平和を維持するであろうような一国家を打ち建てるであろう。捕われ人達の問題に端を発し、アメリカ領土の真ん中で諸州を分断する内戦を最終的に終らせた後、人々は長期の国内平和を保つであろう。」ここで、「captive guerre demy de sa closture, the captive war with another half of its territory その国土の半分の虜囚戦争」を「捕われ人達の問題に端を発し、アメリカ領土の真ん中で諸州を分断する内戦」と解したのは完全に是認出来るが、特に問題なのは「それは統合が平和を維持するであろうような一国家を打ち建てる」という部分で、テキストはそうでなく、faire (to make) という使役動詞を介して「その政体 (le regne humain, the human reign) はその政府 (son regne, its reign = its goverment) に平和と統一を維持させる」と云うのである。従って同じregne (reign) という語はここで「政体(憲法に体現されている)」と「政府(大統領に代表されている)」として区別するのがよい。なお「その国土の半分の虜囚戦争」の原語 captive guerre demy de sa closture は直訳すると単に「虜囚戦争 その国土の半分」となるが、この不十分な表現は「アメリカ南北戦争」の現実に照し合わせる時初めて十分に理解出来るものとなるので、the captive war with another half of its territory という英訳が許されよう(「その国土の半分の虜囚戦争」という日本語は不十分だが)。

基本的にイオネスクに拠った竹本訳は次のようになっている:「イギリスの実子たる国の 人間的統治は 「ユニオン」(合衆国)によって その政府を安泰たらしめ、虜囚戦争によって 国土両分ののち、長く平和を 維持せしめるであろう」。「使役動詞」をそれなりに訳出しているのはいいが、「人間的統治はユニオンによってその政府を安泰たらしめ」るという捉え方は矢張り間違っている。これはむしろ逆であって、「建国に際し連邦制に立った米国のその中央政府が一杯一杯努力してユニオン並びに平和を維持すべく頑張る」というのが趣旨である。そのように「政府の果敢に決断する政治への集中」という点に「人間的政体」たる所以が存していると云うべきである。

従って、その主題設定は正しくないにしても、「It [the humane realm] will cause its realm to hold to peace and union」(Leoni), 「The humane reign shall cause his reign to be in peace and union」(Garancières) という読み方は文法的に推奨出来る。
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§865 アメリカ合衆国独立・発展と太平洋戦争

U.S.A.関連の預言詩6(= 世界史の中の日本6)

§865 アメリカ合衆国独立・発展と太平洋戦争 (1776.7.4-1945.9.2): I-50

所謂太平洋戦争がアメリカ合衆国の発展と西漸(西方進出)の果てに起きたと預言するのが I-50詩である。

I-50詩(§865): アメリカ合衆国の未曽有の発展と太平洋戦争 (1776.7.4—1945.9.2)
水の3宮から生れ出るであろうものは、
木曜日を自分の祝祭日とするであろう一者の国なり:
その風評、名声、政治力、その軍事力は増大するだろう。
陸でも海でも東洋には嵐。


Independence of U.S.A. toward world hegemony; War with Japan (1776.7.4 – 1945.9.2): I-50.
Out of the aquatic triplicity shall be born
A country of a man who shall make of Thursday his feast:
Its rumour, glory, reign, its power shall increase,
By land and sea in the oriental regions a tempest.


( De l’aquatique triplicité naistra
D’un qui fera le jeudy sa feste:
Son bruit, loz, regne, sa puissance croistra,
Par terre & mer aux orients tempeste.)

本詩解釈に先鞭を付けたレオニは云う:「この預言は候補となる他のどの国よりも確かにずっとうまくアメリカ合衆国にフィットする。合衆国は3つの海に囲まれていて、感謝祭という形で独自の木曜日祝祭日を持っており、そして最近、少なくとも1940年代に、3行目と4行目の預言を成就した。」(Leoni, 1961, p.578)。なお、3つの海とは、ロバーツが云うように「大西洋、太平洋、メキシコ湾」(Roberts, 1999, p.17)である。

但し、the aquatic triplicity については、「これは惑星布置の事かも知れない」ともレオニは註を付け(Leoni, id., p.147)、「ノストラダムスは合衆国が存在することになるより200年も前にその起源を預言している」とロバーツは説明している (Roberts, id.)。そして、この辺りの疑問を見事に解決したのがイオネスクであり、彼は「合衆国の独立宣言日1776年7月4日のホロスコープ」によって本詩解読を完成させた (Ionescu, 1987, p.186-190)。実際、「水の3宮, the aquatic triplicity」は占星術用語であり、うお座、かに座、さそり座の3宮が黄道12宮のチャート上に織りなす三角形である。

イオネスクによれば、1776年7月4日、独立宣言が発せられたフィラデルフィアのホロスコ-プを描いてみると、太陽がかに座(水の3宮の一つ)に在ると同時に、金星と木星という2つの吉星とかに座で合を成している。これはこの日正式に誕生した合衆国の誠に目出度い運命、幸運を告げるものである。

但し、3-4行目のイオネスク解釈:「詩の後半でノストラダムスは海陸の軍事強国としての合衆国の目を見張る成長、世界に轟く大きな噂、その民主的体制が受ける賞讃について語る。最終部は合衆国の力の重みを遙か遠方で望ましからざる形で感受する国家、日本を示唆する:第二次大戦中、大日本帝国にのしかかるであろう『嵐』。」は細部に関して文法的に疑問が残る。

何故なら、「その風評」「名声」「政治力」「その軍事力」は夫々独立した主語として夫々が「増大するだろう」と云う述語を持つと見るべきで、そうした場合、「風評」とは毀誉褒貶交々の評判であるのに対して、「名声」とは当然、良い評判であり、regne, reign とは単なる民主制と云うよりも、最後の「puissance, power 軍事力」に対して、「政治的・外交的力」と特定的に解されるべきである。なお、「名声」の原語 loz は「= los, louange, gloire (praise, glory)」(Daele)。

そして、4行目冒頭の「par terre & mer, by land & sea」は3行目末尾の「軍事力」に係るよりも(何故ならその掛かり方は常識的概念を出ないのみならず、航空戦力を度外視することになるから)、「嵐」に係り、「東洋で大嵐が陸でも海でも起こる」とする方が文法的に自然な読みで、且つ日米戦争の実態にも合う。何故なら、日米は多くの海戦を艦艇及び航空機で闘うと共に、多くの島嶼、フィリピン、沖縄等の陸地上でも死闘を演じたからである。

なお、2行目の D’un qui..., Of the one who... と云うのは省略形で、3行目の表現が示唆するような「ある国家 a country」が補完される筈である。そしてその国家に属する或る一者とは、『預言集』で「一者=君主的人物」と云う図式が多くの例で見られるから、これもそう解して合格になる。曰く、「1789年10月3日に、初代大統領、ジョージ・ワシントンは、その年の11月最後の週の「木曜日」(Jeudi)をもって「サンクスギヴィング・デイ」という国祭日たらしめるであろう」(Takemoto, 2011, p.555)。
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§340 アメリカ合衆国移民と未曽有の発展

U.S.A. 関連の預言詩7

§340 アメリカ合衆国移民と未曽有の発展 (17世紀 - 20世紀): X-71

X-71詩(§340): アメリカ合衆国移民と未曽有の発展 (17世紀 - 20世紀)
大地と大気はかくも多量の水を凍結するであろう、
そして彼等は木曜日を崇敬することになるだろう。
その将来の在りようは嘗て無かったほど素晴らしいものだろう、
人々が四方からやって来てそれを誉めそやすだろう。


Immigrants of America;Her unheard-of prosperity (17th – 20th century): X-71.
The land and the air shall freeze such a large mass of water,
When they shall come to venerate Thursday as a holiday,
What she shall become shall be more wonderful as ever,
Peoples shall come to honor her from the four corners of the world.


( La terre & l’air gelleront si grand eau,
Lors qu’on viendra pour jeudi venerer,
Ce qui sera jamais ne feut si beau,
Des quatre pars le viendront honnorer.)

かくも多量の水」:本詩解釈に先鞭を付けたイオネスクは、「既に何度も見て来たように、水はノストラダムスにおいてしばしば革命を象徴する。それ故『かくも多量の水』は非常に重大な革命と云うことになろう。」としてこれをアメリカ独立革命と解した (Ionescu, 1987, p.190-191; Takemoto, 2011, p.547-550)。しかし彼は単純な誤謬推理に陥っている。何故なら「しばしば」という限定附き前提から直ちに「故に」という結論は導き出せないから。要するに前提は最少2つの選択肢を含む(水は革命を象徴するかしないかである)から、この場合の「大水」も「大革命であるかないか」のいずれかであって、従って最初から「アメリカ革命」と断定できない。

実際イオネスクは、U.S.A. 関連の預言詩4で既に検したように III-70 (§338) 詩に関しては「水」を直ちに「海水等の意味合い」に取っている。その彼の見方に我々は反対してそれは「アメリカ革命」なのだとしたが、ここでもまた我々は彼の見解に反対し、これは「革命ではない」と主張する。

何故なら III-70 詩の「水」は「洪水を起す inonder, to flood」という語と共に使用されている点で明らかに「革命」を象徴する(他の理由も当該論考で述べた)。実際「洪水を起す inonder」という語は全て例外なく「革命的動乱」のイメージを以て預言者が使っているのである。又、「水」が同時に「革命や動乱」を意味する他の語と一緒に使用されている時、それは確かに「革命」を象徴していると言える。その全11例を念のため枚挙してみよう。

I-11詩: glaives, feu, eaux (剣、火、水)、II-54詩: apres eaue fort troublee (水の後でひどく乱され)、II-87詩: le throsne doré... eaux rencontrees (黄金の玉座が水に遭遇して)、III-70詩: eaux si hault à inonder (洪水を起す程高まった水)、V-86詩: par eaulx sera vexee (水によって苛められるだろう)、V-87詩: sera d’eaue inondé (水によって洪水を起されるだろう)、VI-10詩: sang, peste, faim, feu, d’eaue affollee ( [フランスの大地が] 血、戦禍、飢餓、銃火、水で半狂乱にされ)、VIII-7詩: eau, sang, feu (水、流血、銃火)、IX-51詩: feu, eau, fer, corde (戦火、水、銃剣、縛り紐)、X-10詩: fer, feu, eau, sanguin (銃剣、戦火、水、血腥い)、X-60詩: feu trembler terre, eau (戦火、地震=戦争、水)。

こういうパースペクティヴ(これはイオネスク自身がノストラダムス研究者達に対して推奨して止まない《 テキスト比較研究法 Comparaison des textes, Comparison of the texts 》(Ionescu, 1976, p.549) の実践以外のものではない。但しこの方法はイオネスクの独創ではなく、19世紀最大のノストラダムス研究家トルネ・シャヴィニが唱導した《4行詩相互勘合法 Adaptation des quatrains les uns aux autres, Mutual adaptation of the quatrains 》(cf. Torné-Chavigny, 1861, p.4) と本質的に軌を一にするものである。しかしイオネスクは正当な理由なくトルネを殆ど無視し、其の1867年の著作に収めた解釈の90%以上が《1860-1862年刊行のトルネ・シャヴィニ著作3部作からの剽窃》に他ならない当のル・ペルティエを途方もなく賞讃しているのは、全く本末転倒していると言わざるを得ない )の中では、本詩の「かくも多量の水」は、必ずしも「革命色を有たない」。又II-87詩のように「革命=反体制」を規定する相手たる「体制権力の存在」も示されていない。むしろそれに対応するのは「大地と大気」であり、これらは「水と親和的な同類者」であると言える。

そして、「水=革命」の根底にある「水」は、「多量、大量、大衆、群衆 a multitude, the multitude」というイメージであって、これが「洪水のように暴れ氾濫する」と「革命」となるが、そうでない場合は単に「多数の人々」となる。例えば、VIII-98 詩: comme de l’eau en si grand abondance ( [聖職者達の血が]水のように大量に [流されるだろう] ) という表現があり、この場合は人間の事ではないが、本詩では「多数の人々」と読むと、詩の文脈全体と整合するのである。つまりこれは2行目で「on (a man, one) という不特定多数」が使われているそれと意味は同じである。そしてイオネスクが正当にも指摘するように、「木曜日を祝祭日とするアメリカ人」(cf. §865, I-50: 木曜日を自分の祝祭日とする) として「これらの人々」が特定されるのである。ホーグは漠然とではあるが「合衆国への200年にわたる多数の移民流入」に触れている (Hogue, 1997, p.798)。

大地と大気はかくも多量の水を凍結する」:従って、「大地と大気」という表現は「人々の住まう自然環境」と解すると合点が行くだろう。故に又、「凍結する」とは、「留め置く、定住させる」ことだと解されるのである。このようにして解明された内容は誠にシンプルで、「北アメリカ大陸の広大な大地と大気が大水の如く移入して来る人々を深い懐で抱き留めて定住させ生活させる」ということである。イオネスクは「全自然がこの大革命を定着させる事に協力するだろう」とするが、相当不自然な文意でる。

その将来の在りようは嘗て無かったほど素晴らしい」「人々が四方からやって来てそれを誉めそやす」:アメリカ合衆国の世界に冠たる前代未聞・未曽有の発展・隆昌を預言しており、20世紀末までの実際の展開と合致していると言わざるを得ないだろう(cf. §865: I-50: その風評、名声、政治力、その軍事力は増大する)。イオネスクは4行目を「感謝祭を国祭日とした初代大統領ワシントンに表敬すべく国内各地から米国民がやって来る」とするが、3行目の「その将来の在りようは嘗て無かったほど素晴らしい」というのは極め付きの評価、つまり全世界の中で随一という意味だろうから、「それ (le, that)」とは一個人ではなく、「合衆国自体」と解すべきだろう。従って「四方から」は、「世界の各地から」とした方がスケールとして適切である。

検証本詩を「ピルグリム・ファーザーズ」の1621年の最初の聖木曜日の晩餐に関連付ける解釈があるが (cf. Roberts, 1999; Hogue, id.)、しかし「大量の水」という表現は全体で100人余りのその集団にはそぐわないし、彼等の半数が極寒で死亡したというニュアンスは本詩には欠けている。むしろノストラダムスは米国の始原を、既に見たとおり、「各植民地代表が集った最初の総会としての1619年7月のヴァージニア会議」(cf. §247, IV-96) に置いているから、1620-1621年のメイフラワー号での移住者には主要な関心は無いと見ていい。むしろ全く反対に、本詩の関心は西暦2000年にまで達しているのである。
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§877 大ネプチューン (1939-2000)

... 関連の預言詩8

§877 大ネプチューン(1939-2000: II-78
II-78 (§877):
海の奥処(おくが)の大ネプチューン、
それはガリアの血を混淆した赤味黄肌の人々のもの。
この後発者の故に、島々は血を流すほど櫂を漕ぐだろう:
それは上手に隠されなかった機密よりも英国を害するだろう。

The great Neptune (1939-2000): II-78.
The great Neptune of the depth of the sea,
Of the Punic people and mixed with Gallic blood,
The Islands shall row in sweating blood, because of the tardy:
It shall do more harm to him than the occult improperly concealed.

(Le grand Neptune du profond de la mer,
De gent Punique & sang Gauloys meslé,
Les Isles à sang, pour le tardif ramer:
Plus luy nuira que l’occult mal celé.)

これはイオネスクが見事に示した (Ionescu, 1976, p.632-633; Takemoto, 1991, p.76-77) ように、米国中心に開発していた核技術情報がイギリス人脈を通してソ連のスパイに盗まれた第二次大戦終了直後の時期に、「大ネプチューン、即ちアメリカ合衆国」が「島国国家イギリス」に代って世界覇権を握ることになる、という預言詩である。§861, X-100詩で予言された大英帝国の300年以上にわたる世界覇権が、遂に1939年当りで終るのだが、それに代る新たな覇権国「大ネプチューン」の登場を本詩は詠う。

海の奥処(おくが)の大ネプチューン」:「ネプチューン Neptune」の語は『預言集』に都合6回登場し、1回はイギリス (I-77, §464)、1回は惑星の海王星 (IV-33,§613)、そして残り4回はアメリカ合衆国を指し、このうち3回が「大ネプチュ-ン le grand Neptune (the great Neptune)」と称されている。これは圧倒的な海軍力を有つ米国の記号である。「海の奥処(おくが)の」とは、ヨーロッパ大陸から見た「大西洋の彼方の」という意味だろう。

赤味黄肌の人々」:古フランス語 Punique (Punic) の意味は、「オレンジ色、即ち赤色と接する黄色 Orangé, c’est à sçavoir jaune, tirant sur le rouge (orange, namely yellow, bordering on red)(Huguet) であるから、明らかに、いわゆるアメリカ原住民を指している。従って、イオネスクがそこに「黒人」をも含めるのは正しくない。黒人についてはノストラダムスは何も触れていないのである。

ガリアの血」:「ラテン・ケルト族起源の人々」(Ionescu, id., p.632)、要するにヨーロパからの移民。

この後発者」「島々」:この大文字附きの「島々 les Isles, the Islands」は「ブリテン島 les Isles Briranniques, the Britannic Islands」であり、従って「連合王国」「大英帝国」という単体の国である。それゆえに、それは4行目で、luy (him)という単数の人称代名詞で承けている。又は、I-77 (§464)で英国が米国にも共通するNeptune という特定名称で呼ばれていることから、luy Neptuneという男性名詞を念頭に置いたものとも言えるだろう。そして、「後発者」とは「イギリスの後を襲って強大な海洋国家に成長したアメリカ」である (Ionescu, id.)。但し、イオネスクは、ramer (to row) というフランス語不定詞を「後発者」と統語させているが、それは文法的に認められない解釈である。フランス語文法を忠実に守るならば、それは、Les Isles à sang ramer (The Islands shall row in sweating blood) 島々は血を流すほど櫂を漕ぐだろうというつながりを構成するだろう。この表現は、英国は、もはやどんなに頑張っても、巨大新ネプチューンを眼前にしては、往時の大海洋国家の面目を保ちえない、という現実を表している。

上手に隠されなかった機密」:これは、イギリスの面目を削ぐような、イギリス関連の「核機密情報のソ連圏への漏洩」であるから、いわゆる「クラウス・フックス事件」のことである。ドイツ生まれの理論物理学者クラウス・フックス (Klaus Fuchs [1911-1988]) は、ナチスから逃れてイギリスに亡命し、その市民権を得て、同じく亡命ドイツ人の同学の先輩パイアールス教授のもとで、英国の核物理学研究の中で有為の人材として功績をあげ、米英共同の原爆開発計画たるマンハッタンプロジェクトに英国派遣学者の一人として参加しながら、実はソ連のスパイとして、極秘の核関連情報を連絡員に渡していた。それが発覚したのは、ソ連がすでに最初の核実験を実現した同じ年の1949年で、彼は裁判で禁錮14年を受刑し、出所後は東ドイツで暮らした。この事件は、英国市民が同盟国アメリカを裏切ったものとして、英国の大なる恥辱であることに変わりはないのだが、しかしそれよりも更に大きな英国への打撃が、主として米国によって先導された「脱植民地の世界的気運」であって、為に、大英帝国は植民地喪失のレールを只々驀進するしか無くなったのである。

「それは上手に隠されなかった機密よりも英国を害するだろう」:「トルーマンの時代に、アメリカの批判を受けて、大英帝国はその諸植民地を手放さざるを得なくなったのである。『大英帝国は、労働党政権 (1945-1951) の下で、イギリスの植民主義帝国主義に関するアメリカの批判を抑える目的で、一連の政策を採った。英政府は1947年にはインドに、そして1948年にはビルマに独立を承認した。マレーシア国家を英連邦の枠内で独立政府を持つ一単位として構成すべく所要の手続きが取られた。又、イギリス軍は1946年にはインドネシア、シリア及びレバノンから撤退した。』(Encycl. Brit. vol.23, p.804D)(Ionescu, id., p.631)

ところで、イオネスクは、4行目を「アメリカがイギリスから世界覇権を奪ったことで、イギリスが弱体化し、為にアメリカの同盟国としてのイギリスの力が失われて、それが対ソ連への対峙上、アメリカにとり, 核機密漏洩以上に大きな損失である」という趣旨で理解しているが (Ionescu, id., p.632-634)、これは自己矛盾を含む成り立ちえない解釈である。何故なら、彼が対共産圏への一種の体質的恐れから空しくも求めているのは、米英が同じく並び立つ超大国として、相敵対する超大国ソ連に立ち向かうこと、であるとしても、現実には、凋落したイギリスに代わってアメリカが西側の抜きん出た超々大国として登場し、NATO等を身辺に置きつつ、ソ連と引けを取ることなく対決した、ということであって、むしろ、嘗てのイギリスの超大国振りと、新たな米国の超大国振りとでは、後者のほうが遥かにスケールが大きい、と見得るのである以上、イオネスクの解釈は、フランス語文法の考察において若干弱点を持つ彼自身の政治思想的杞憂から生じた単なるPARALOGISM(虚偽推理)に過ぎない。
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§879 強力不壊の比類なき国体(1939-2000)

U.S.A. 関連の預言詩 9

§879 強力不壊の比類なき国体(1939-2000): V-83詩

第五サンチュリ83詩 V-83 (§879):
強力な不壊の比類なき国体を、
倒さんと試みてしまうだろう者達が:
偽計によって闇の所行を為すであろう、うち三件が警告するだろう、
最も偉大な者が机で聖書を読むだろう時に。


The powerful and invincible reign with no equal (1939-2000): V-83.
Those who shall have tried to subvert,
The powerful & invincible reign with no equal:
Shall make conspiracies by fraud, whose three cases shall alarm,
When the greatest man shall read a Bible at the table.


( Ceulx qui auront entreprins subvertir,
Nompareil regne puissant & invincible:
Feront par fraude, nuictz trois advertir,
Quant le plus grand à table lira Bible.)

これはイオネスクが見事に示した (Ionescu, 1976, p.619-632; Takemoto, 1991, p.60-69) ように、第二次大戦中に核兵器を手に入れて、英国に代り世界覇権国にのし上がった米国に脅威を感じ、それに対抗すべく先ずその核技術情報を盗み出そうと死に物狂いのスパイ活動に邁進したソ連の陰謀を預言している。但し、ここではアメリカ合衆国が世界覇権者であるという一事の確認が我々の関心事であり、本詩全体の解釈はイオネスク・竹本に任せよう。

強力な不壊の比類なき国体」:誠にこれは比類なき称揚の言葉で世界覇権者アメリカ合衆国を呈示している。前節では「大ネプチューン」とも言われていた。これを我々は1939年から2000年までの期間に置く。何故なら、核大国として成長したソ連も、イオネスクが見事に解明(cf. §924,VI-74: ロシア共産主義体制の寿命73年, Ionescu,1976, p.407f.; Takemoto, 2011, p.599f. §926, X-96: NATOの圧力下、ソ連邦体制崩壊, Ionescu, 1987, p.527f.; Takemoto, 1991, p.311f.) したように、ノストラダムスの予言通り1991年に崩壊して、米国が「唯一の超大国」と俗に言われるようにまでなったからである。更にその後も2度の湾岸戦争に勝利して、少なくともノストラダムスの預言対象期限として我々が設定する西暦2000年までにその地位が揺らぐ事は無かった。

最も偉大な者が机で聖書を読むだろう時」:イオネスクによれば、この句が「トルーマン大統領」を表すことによって、主題の時代限定が可能である:「合衆国の大統領達は一定の個人的徴特によって言及されている。『最も偉大な者が机で聖書を読んでいた』という事実は二通りに解釈出来る。(1) 『真実の男 the true man』、誠実な、又は誠の人間という意味を持つトルーマン Trumanという彼の名前そのものへの示唆として。(2) 愛書家 bibliophileとしての彼の情熱への示唆として。思い起こせばトルーマンは自分の名前を冠した図書館を造るべく顕著な活動を展開し、これは歴代米大統領の中ではユニークな事例である。」(Ionescu, id., p.621)

偽計によって闇の所行を為すであろう、うち三件が警告するだろう」:原文3行目の読み方に関してだけは私はイオネスクに対して異論がある。彼は「トルーマン大統領の時代に、公衆の注意を惹き付ける3つのスパイ作戦があるだろう」(Ionescu, id., p.622) としており、それをもっと原文に近づけると「公衆の注意を惹き付ける3つのスパイ作戦を行うだろう」となるが、これは主語がソ連当局とすると、「露見するようなスパイ活動を為す」という趣旨になってしまう。これは在り得ない活動だろう。又原文に即した場合このように読める可能性が無い。従って、advertir という不定法の主語としてtrois を留保して、その前は単純に「ソ連は夜々 = スパイ活動を種々為す faire nuictz」という筋で読むべきである。そしてそのうち3つのケースが米防諜当局に把握されて世間に報らされるということだろう。それが原文では能動態で「3件が警告する」と述べられているのである。実際、もし「3夜」ならフランス語は「trois nuictz, three nights」であって「nuictz trois, nights three」にはならない。従って、「夜々 nuictz, nights = conspiracies 」と「三 trois, three」は切り離さなければならない。つまり、原文 Feront par fraude, nuictz trois advertir はノストラダムスに頻繁に見られる「句読点のズレや脱落」であり、これも預言著作者による「容易すぎる読解へのハードル設定」の一手法である。
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§885 朝鮮戦争の後、大ネプチューンは極盛となる

U.S.A. 関連の預言詩10

§885 朝鮮戦争の後、大ネプチューンは極盛となる(1950-2000): III-1詩

第三サンチュリ1詩 III-1 (§885):
陸戦と海戦の後、
大ネプチューンはその最も高い鐘楼に在り、
赤い敵対者は恐怖で青ざめるだろう、
かの大洋を恐怖の的にして。


The great Neptune at its height after the Corean war (1950-2000): III-1.
After combats and naval battles,
The great Neptune at its highest belfry,
The red adversary shall be pale for horror,
Making the grand ocean fearful.


( Apres combat & bataille navale,
Le grand Neptune à son plus hault beffroy,
Rouge aversaire de fraieur viendra pasle,
Metant le grand ocean en effroy.)

本詩の鍵は云うまでも無く「大ネプチューン」であり、既に §877,II-78 詩で述べたように、完全にアメリカ合衆国の識別記号となっている。そのアメリカ合衆国が「その最も高い鐘楼に」昇り詰めた時期はどうか。前節ではトルーマン大統領の時代(1945年―1953年)とされた。すると、1行目の「陸戦と海戦」は何を指すだろうか。これは第二次大戦かも知れないが、恐らく4行目は「北大西洋条約機構 NATO」(1949年成立) のことだから、「朝鮮戦争 (1950-1953)」とした方が筋が通る。すると、1953年頃にアメリカ合衆国はその勢威の最高潮に達したというのであり、これは史実に違わないだろう。そして3行目の「赤い敵対者は恐怖で青ざめるだろう」とは言うまでも無く、前節で「強力な不壊の比類なき国体を、倒さんと試みてしまうだろう者達」と言われたソ連である。

本詩解釈に先鞭を付けたイオネスク (Ionescu, 1976, p.640-641; Takemoto, 1991, p.88-89) は、1-3行目は問題ないが、4行目をテキスト通りに読めなかったと見えて、その構文を完全に逆転して「Grand Océan [= le grand Neptune] le mettant en effroy, Grand Ocean putting it in fright 大ネプチューン [米国] がそれ [ソ連] を恐怖に落し」と読んだが、これは許されざる方途である。テキスト通りだと全く読みが出来ない場合はこの逆転法も許されるかも知れないが、「かの大洋を恐怖の的にして」の主語を直前の「赤い敵対者」でなくてそれより前の「大ネプチューン」と取り、しかも上に述べたように「かの大洋」をイオネスクのように太平洋と取らず「大西洋」と見て、そこにアメリカ主導の「NATO」というソ連包囲の一大軍事同盟を見据える時、解釈は自ずと出来上って来るのである。そして1991年のソ連崩壊に力あったのも、預言詩 X-96 (§926: NATO の圧力下、ソ連邦体制崩壊, Ionescu, 1987, p.527f.; Takemoto, 1991, p.311f.) が告げる如く、このNATOであった。

なお、1行目の「陸戦」と「海戦」について補足すれば、先立つ陸戦は北朝鮮による韓国に対する最初の陸路侵攻を指し、後に置かれた海戦はその後の米軍を中核とした国連軍の仁川上陸作戦の事だとすれば理路明快となる。
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