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日本関連詩1: IV-49 詩三島事件説の検証

IV-49 詩三島事件説の検証

第四サンチュリ49(IV-49) 詩については §365 (フランス革命27) で以下のように解釈した:              
国民の前で血が流されるだろう、
その者は高き天から離れることはないだろう:
しかしその話は長時間に渡って聞き届けられることはないだろう、
一人の独身者の機智がその事の証人として現れるだろう。


Devant le peuple sang sera respandu (Before the people blood shall be shed,)
Que du hault ciel ne viendra esloigner: (Who shall not go away from the high heaven:)
Mais d’un long temps ne sera entendu (But the people will not hear his words for a long time,)
L’esprit d’un seul le viendra tesmoigner. (The wit of the only person shall come to testify it.

「国民の前で血が流されるだろう」:これは勿論ルイ16世処刑である。Cf. §359 (II-2), §360 (VI-92), §361 (I-57), §362 (VII - 44), §363 (X - 43), §364(X - 16); §409 (IX-11): 「義しき人が公衆の前で死に置かれ、その只中で息絶える」。

「その者は高き天から離れることはないだろう」:処刑されたルイの魂は昇天する。何故なら彼は無辜であるから。Cf. §362 (VII - 44): 「一人のブルボン家の者が大層善良な方で、その人柄の中に正義の徴の数々を持ち」;§363 (X - 43):「余りに過ぎたる王の善良さよ。王自身はその善意のため死に置かれ。」;§364 (X - 16):「流血、死、憤激、そして不正利得を何ら知らぬ人、盗み取られる王様」; §366 (VIII-87): 「無実の血」; §370 (I-68):「三人の無辜なる者」(ルイ夫妻と王太子); §409 (IX-11): 「義しき人が公衆の前で死に置かれ」。なお、「その者」の原語 que (which, whom,that) は関係代名詞主格 qui (He who)と同等で、古フランス語の名残としてノストラダムスはこれを多用している。今の場合はその先行詞のない事例 (Who) である。

「その話は長時間に渡って聞き届けられることはない」:「彼は絶えず話し続けた、そして、群衆にはもう彼の言う事が耳に届かなくなったので、彼は死刑執行人とその助手達に話した:『諸君、私は人々が私に咎め立てしている事については全部無実です。私が望むのは、私の血がフランス人達の幸福を強固にしてくれる事です。』彼は刃が落下した時も未だ叫んでいた。」(Pariset, 1920, p.23)。

「一人の独身者の機智がその事の証人として現れるだろう」:「『「聖王ルイの息子よ、天へとお昇りなさい。』エッジワース神父のこの言葉は瞬く間に伝説となったのだが、これで抵抗を止め心静まった彼は神父に支えられて梯子を登った。彼の顔は真っ赤になっていた。彼は台の縁に跳んで行って叫んだ:『皆さん!私は無実のまま死にます。私は...を許します。』」(Pariset, id.)。なお、ノストラダムス『予言集』における「単独者 seul = only」の用例の一つに「独身者(célibataire = single)であるところの聖職者」という意味がある (Torné-Chavigny, 1861, p.145)。この場合はエッジワース神父を指している。「その事」とは、二行目の「その者は高き天から離れることはないだろう」という不可視の精神世界の出来事を指し、精神世界のそれなりの権威者であるエッジワース神父のエスプリに富んだ言葉によって初めてその真実性が保証されるのである。

本詩三島事件説の検証 :                                            
所で本詩について、これを昭和45(1970) 年11月25日出来の「三島由紀夫割腹事件」に関連づける解釈が高名な研究家ヴライク・イオネスク氏から出されているので、その説の妥当性を検証してみたい。当該解釈は氏が初めて来日した事を機縁に卒然と成り、竹本忠雄氏の日本語訳 (Takemoto, 1993, p.218-219; 2011, p.740-744) でのみ公刊されたもので、厳密なフランス語テキストは未刊である。三島由紀夫割腹事件から半世紀近くが経とうとしている現在、先ず当該事件の概略を二つの史料で提示し、それと詩の表現が合致するか否か、検討してみよう。

史料A:「市ヶ谷駐屯地、衝撃の11月25日!三島由紀夫〝割腹自殺〟の動機と結末 昭和45年11月25日、東京・市谷の陸上自衛隊東部方面総監・益田兼利(ましたかねとし)陸将の面前で、作家の三島由紀夫(45)が割腹自殺した。何が彼を駆り立てたのか。激高した三島らの思いとは裏腹に、自衛隊の挙動はいたって冷淡だった。決起を叫ぶ「檄」に野次と罵声の嵐が 初冬の陽射しの中を一台の車が、東京・市谷の陸上自衛隊駐屯地にすべりこんだ。東部方面総監部正面玄関に立ったのは、作家の三島由紀夫と「楯の会(三島が結成した民間軍組織)」会員四人。全員が同会の軍服をまとっていた。三島たちは、総監室に招き入れられ、益田兼利総監と面談すること,五分。話題が三島のさげてきた日本刀におよぶと、「楯の会」のメンバーが不意をついて益田総監に襲いかかり、総監は両手両足を椅子に縛りつけられた。異状を知った自衛隊側は、総監を救出すべく二度、突入を試みるが、失敗(計七人が負傷)。説得はむずかしいと判断し、駐屯地にいる全自衛官を総監部前に集合させ、三島の演説、檄文を散布するなどの要求を了承する。正午のサイレンが駐屯地に鳴り響き、三島が「楯の会」学生長・森田必勝(ひっしょう)(25)とバルコニーに現れた。三島は握り拳を振り上げ、憲法改正による自衛隊の国軍化と天皇擁護を訴え、絶叫する。「自衛隊が20年間、血と涙で待った憲法改正ってものの機会はないんだ。... 自衛隊にとって建軍の本義とはなんだ。日本を守ること。... お前ら聞けェ、聞けェ!命をかけて諸君に訴えているんだぞ......」演説が始まると、バルコニー前に集まった約800名の自衛隊員からは野次と罵声が飛び交い、上空を旋回する何機もの報道機関のヘリコプターの爆音で、三島の声は断片しか聞き取れない。「諸君の中には一人でも俺と一緒に起(た)つ奴はいないのか!..... 一人もいないんだな。よし! ..... 見極めがついた.....」三島は総監室に戻ると、上半身裸になり、短刀で割腹。「介錯(かいしゃく)するな」と益田が叫んだが、左後ろに立った森田が日本刀を振り下ろした。その森田も自決。残った三人は投降した。」(近藤達士編『週刊YEAR BOOK 日録20世紀 1970昭和45年』講談社、東京, 1997.3.11, p.7)

史料B:「昭和時代第2部戦後転換期(1965年~79年) 第18回 元禄の世、衝撃の自決 三島由紀夫 1970(昭和45)年11月25日、三島由紀夫は自ら創設した「楯の会」のメンバー4人を率いて東京・市ヶ谷の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、割腹自殺した。45歳。ノーベル文学賞の有力候補と目された作家の、あまりに衝撃的な最期は、「昭和元禄」に浮かれる日本人に重い問いを突きつけた。自衛官を前に演説 70年11月25日午前10時13分、東京。南馬込の三島邸近くに白のコロナが止まった。運転するのは楯の会の小賀正義。学生長の森田必勝(まさかつ)、小川正洋、古賀浩靖が同乗していた。助手席に三島が乗り込むと、車は自衛隊市ヶ谷駐屯地に向かった。東部方面総監、益田(ました)兼利陸将との対面を予約していた三島は午前11時、4人と共に総監部本館2階の総監室に通された。小窓から室内を見ていた三佐が異変に気付いたのは11時8分。持参の日本刀を抜く三島、椅子に縛られ猿轡をかまされた総監、学生らは椅子やソファでバリケードを築いた。自衛官らが総監室突入を試みるが、三島らは日本刀などで必死に抵抗し、けが人も出て閉め出された。結局、「11時30分までに全市ヶ谷駐屯地の自衛官を本館前に集合せしめること。要求を通さない場合は、総監を殺害して自決する」との要求に従い、同40分、集合を指示する放送が流れた。集まった自衛官は1000人。用意した檄が総監室前のバルコニーからまかれた。正午、「七生報国」の鉢巻きをした三島が演説を始めた。「下に降りてこい」「英雄気取りしやがって」―罵声が飛び、報道のヘリコプターが飛来して騒然とする中、三島は「諸君は武士だろう、武士ならばだ、自分を否定する憲法をどうして守るんだ」「諸君の中に、一人でも俺と一緒に立つ奴はいないのか」と呼びかけた。だが、応じる者はなかった。30分の予定だった演説を「天皇陛下万歳」を叫んで10分で切り上げ、再び総監室に戻った三島は、古式にのっとって自決を果たした。森田がこれに続いた。午後0時15分過ぎだった。自衛隊員の間で「切腹した」とささやき声が広がるのが聞こえた。報道陣の控室で「首が胴体から離れた」という情報が流れた。」(『讀賣新聞』2012年8月18日(土曜日)号)

さて最初に、この史実を前提にした詩を仮にものするとしたらどうか。

将軍の眼前で血が花開くだろう。
透明な声は兵士等の雑言に掠れ、
はらわたは苦悶に酔い、刃は一閃。
羽根持つ伝令は轟き旋るだろう。


勿論、他にも無数の作詩が可能ではあるが、ノストラダムスの作詩は史実と厳正に対応するという一点だけは銘記したい。その観点から見ると、三島事件の歴史像に対して、IV-49詩のイオネスク解に基づく竹本訳は以下の通り、第一行目で既に大きな齟齬を見せている。

人々のまえで血は流され、
それは天の高みから遠からぬところに至るであろう。
だが、(その声は)長いあいだ聞きわけられず、
ただ一人の人の精神のみが来たりてそれを証するであろう。(Takemoto, 1993, p.218-219)

衆人の前で 血は流され、
それは 天の高みから遠からぬところに 達するであろう。
しかれども(その声は)長い間 聴きわけられず、
ただ一人の者の精神のみが来たりて それを証するであろう。(Takemoto, 2011, p.740)

即ち、第一行目の「人々のまえで血は流され」、又は「衆人の前で 血は流され」という表現は全く現実対応性が欠けている。流血の場所は、むしろ「総監室という密室の中」ではあっても、決して「衆人の前」というような高度な公開の場ではなかった。相当数の自衛隊員に対するバルコニーでの演説の方は拡大的に「人々の前で」と言えなくもないが、流血を伴う割腹自決行為自体は、同士以外には総監唯一人しか居ない密封された総監室内での事だった。それを小窓から覗き見た若干名の者もいたが、屋外の殆ど全部の隊員は壁の内側で起こっている事態に対し目撃証人としては立ち合っていない。この事件が短時間のうちにあらゆるメディアを通じて国民に広く知られるに至ったという経緯と、その事実が直接国民環視の中で起こったというのとは全く事情が異なる。他方、ルイ16世の処刑は多数のフランス国民が直接見守る大きな野外広場に設けられた舞台上で実行されたから、詩文と全く齟齬がない。

第二に、詩文は「血が流されるだろう sang sera respandu (blood shall be shed)」という受動態で明確に述べていて(竹本訳はこの点不完全で、「流され」で止められている)、意に反し処刑に付されたルイ16世の場合と完全に合致するが、三島の場合は「古式にのっとって自決を果たした」のであり、この重大な相違を無視するとすればその詩人は事象を雑にしか観察せず、大した詩作の技量を持っていないと言わざるを得まい。本詩の姉妹編と見做されるIX-11詩(§410):「人々は義人を誤って公開の場で死に処するだろう、そしてその真ん中で息絶えさせるだろう」という表現は本詩と同一の事態を能動態で述べたものである。

もし、ノストラダムスが本当に三島事件を念頭に置いて作詩するとすれば、日本の武士の腹切りがいかなる行為かを十分に汲み取った上で、それが西洋流の公開処刑とは異質なものであることを必ず匂わせる相当な工夫を凝らしたに違いない。従って、「第一行の「人々のまえで血は流され」とは、三島由紀夫がその儀式的死をあえて衆目のただなかで遂げた事実を強調している。彼は、自宅でひっそりと死んだりはしなかった。」という訳者解説は的外れである。何故なら、一方で、三島は自らの行為が必ず日本国民に広く伝わるような効果的な舞台装置を演出したのは確かだが、「衆目の只中での自決」という生の状況は存在しなかったのだし、他方で、「死を敢えて遂げた」という自決のニュアンスは当該詩句には全然感じられないからである。

第三行目については三島の演説にも妥当する可能性は否定しない。

但し、イオネスク解は一行目以外は全部「未来事象」に関連付けている。未来事象への関連説は内容上検証の仕様がないが、その企ては、第一行目に致命的な二つの齟齬が存在する上に、他の部分全部については既成史実との突合を放棄して、徒に我流の二次未来予言へとノストラダムス預言詩を、換骨奪胎して利用していると難ぜざるを得ない。そして既に19世紀にトルネ・シャヴィニの要解 (Torné-Chavigny, 1861, p.145) が出されているのに一顧だにせず、その解のどの点が不備不足なのかも何ら指摘することがないのは、研究手順の甚だしい欠陥である。

その限りにおいて、しかし最大の問題は、「一人の者の精神」如何に存すると言えるだろう。この場合「精神」とは何か。「一人の者が来る」というのと、「一人の者の精神が来る」との相違は那辺にあるのか(厳密に言うと「ただ一人の者の精神のみ」と云う訳解の「のみ」に相当する語は原文には無い)。「一人の者が証する」と、「一人の者の精神が証する」の違いは何か。

既存の我々の解釈では、この場合の「精神」とは機智、エスプリの意味で、必ずしも不可視の実体ではない。それは具体的にはエッジワース神父という「独り者、独身者、カトリック聖職者」の発した「機智に富んだ言葉」であるから、検証可能であった。ノストラダムスはその『預言集』で、esprit (spirit) という語を都合7回使用しており、宗教的哲学的ドグマの中の「神霊、精霊、心霊」と云う意味で4回 (II-13, III-2, V-53, VIII-99)、「人々の感じる心、魂」と云う意味で1回 (IV-56)、精神的思想的理論的要素と云う意味で1回 (VI-23)、そして本詩での「機智、エスプリ」と云う意味で1回用いている。その展望の中で見ると、イオネスク解における「精神」は「人間という具体者とは区別可能な不可視の実体」として、第一分類に入ると思われるが、そうだとすると、それが何事かを、つまり人の霊魂の行く末や、往時の言動の最奥の真実を、人々に分かるように証するのは、まさに真正の預言者=PROPHET = 仏神の代言者以外には至難のことであろう。

確かに、本詩を三島事件に関連付けるのは第一行目からして破綻しているが、本詩から離れて、21世紀に延長して三島事件そのものに関し著者や訳者の期待的に述べているような事は、それ自体としては必ずしも絵空事ではない。それは、ノストラダムス預言の守備範囲がそこでもう切れていて、21世紀とそれ以降の新たな担当者が到来しているということであろう。例えば、三島由紀夫の魂の在り処や、その既往の実績等に関しては、まさに現代の預言者が、未だ正面切ってではないが、片鱗は明かしている。

― 最後の質問です。昨日(2012年2月1日)、「三島由紀夫の霊言」(「天才作家三島由紀夫の描く死後の世界」)を収録したのですが、その中に、多少、気になる点がございました。彼は、その霊言のなかで、「自分は邇邇芸命(ににぎのみこと)の生まれ変わりである」ということや、「先の敗戦によって、高天原(たかまがはら)は傷つき、壊れてしまっていて、今、修復中である」ということを語っていたのです。これについては、どのように解釈すればよいのでしょうか。

天照大神 そのとおりです。67年前に壊れてから、まだ、修復が完成していません。それは、あなたがたの活動が成功していないことと同じです。国民が、日本国民でなくなっていますからね。信仰心なきところに、神の住まう宮殿が立ちますか。だから、われらの建てたる社の柱にも〝シロアリ〟が巣くっているということです。聖なる山に、〝ゴミ〟を捨てる者が数多くいるということです。」( 大川隆法『天照大神のお怒りについて 緊急神示 信仰なき日本人への警告』幸福の科学出版、東京、2012, p.95-96 )

邇邇芸命(ににぎのみこと) 日本神話に登場する神で、天照大神の孫。天照大神の命により、葦原中国(あしはらのなかつくに)(日本)を統治するため、高天原から高千穂峰(たかちほのみね)に降りたとされる(天孫降臨)。」( 大川隆法、上掲書, p.100 )

なおその後、大川隆法『天才作家三島由紀夫の描く死後の世界』(幸福の科学出版、2012.10.7)が、「2012年2月1日東京都・幸福の科学総合本部にて三島由紀夫の霊示」として公刊された。そこには、彼の自決の真相と、現代日本の危機についての今現在の三島の霊世界における考えが、彼の生前の言動の説明と共に詳しく語られている。
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日本関連詩2: VIII-27 : ナポレオン3世か昭和天皇か?

VIII-27 : ナポレオン3世か昭和天皇か?

イオネスク = 竹本コンビは、IV-49詩に関する上記論説(日本関連の預言詩1参照)をVIII-27詩と結合し、一見壮大華麗な日本夢物語を展開しており(Takemoto, 1993, p.206-217; 2011, p.730-739)、「二つの四行詩が、私ども二人の共同発掘による宝物となりました」と海を隔てた共同研究の成果を誇り、狂喜している (id.,2011, p.735)。そこに盛られた「ニッポン」をめぐる二人の真率な思いは美しく尊いとしても、果たしてノストラダムス自身は本当にそこに参加しているとみていいのかどうか、厳密に検証する必要がありそうだ。何故なら、ノストラダムスのフランス語原文を文法を基礎にして徹底的に分析・解剖し、解読する作業を己に課して来た筆者から見ると、イオネスク・竹本による詩文解釈は「とんでもない錯誤に満ちている」と言わざるを得ないからである。これをこのまま見過ごしておいたら、日本の真価に関しても、ノストラダムス預言の本領に関しても結局は害悪にしかならないのである。虚偽は何処までも虚偽でしかない。

第八サンチュリ27詩:VIII-27(§654):
La voye auxelle l’une sur l’autre fornix (The road upon which one furnace on the other)
Du muy deser hor mis brave & genest, (Out of the desert huge barrel placed a brave and gorgeous.)
L’escript d’empereur le fenix (The script of an emperor the phoenix)
Veu en celuy ce qu’ a nul autre n’est. (Having seen in the one what does not belong to any other.

これを筆者は次のようにタイトルを付し、解釈・和訳する(cf. Vignois, 1910, p.256)。

『ナポレオン3世とピウス9世』
一つの竈の上に別の竈が重なっている道、
見捨てられた大樽の中から外へ出された勇にして華ある者、
皇帝の文書、不死鳥、
彼の者の中に他の誰にも属さない物を看守せり。


これに対して、イオネスク=竹本釈は次のようになっている。

『諸世紀』第8章27歌
二重橋弧の影の路、                                       
此(こ)を往くを潔しとせず、ひとり、騎馬の荒武者は―荒寥(こうりょう)のこの沙漠に。      
天皇の宸筆、これぞ不死鳥、
余人に見えず―ただ一人、映りてこそあれ、かの者の目に。(Takemoto, 1993, p.206)

『終戦時皇居光景 詔勅不死鳥』
道に道 重なりて 二重橋、
満目荒寥(まんもくこうりょう)、立つは ひとり 騎馬の荒武者。
天皇の詔勅 これぞ 不死鳥、
余人に見えず ― 映りてこそあれ、ただ かの者の目に。(Takemoto, 2011, p.731)

同じフランス語原文に対して何という相違が二つの和訳にあることだろう!三行目はかなり近いが、他の部分は天地程もかけ離れている!

では、ノストラダムス預言詩解釈の常道に従い、詩句の基本用語の吟味から始めることにしよう。

先ず、第一行目のfornix という単語の意味は容易には窺えない。イオネスク=竹本曰く、「古来、ハイテクのシンボルとされたアーチ型の二つの橋「フォルニクス」が「互いに重なりあって」l’une sur l’autre fornixいる姿...。「二重橋弧」の「影の路」は、文字通りに取れば「補助の道」La voie auxelle である...。それは「ニジュウ-バシ」と呼ばれている橋ですが、濠(ほり)の水に映ったその影がまさしく「フォルニクス=橋弧」を二重にしたイメージを与えるからなのです。」(Takemoto, 1993, p.206-208)

確かに辞書には「fornix, m. 1. 円天井、弓形;2.アーチ、拱;3.凱旋門。[fornus]」(TanakaH)とある。これが二つ重なったものなら文句なく二重橋だろう。だが注意すべきは、この語のジェンダーは男性(m.) という点である。所が詩の方はl’une [fornix] だから女性ということで、合致しない。そこで、辞書の説明の最後にある「fornus」に当って見ると、fornus = furnus とあるから、更に見て行くと、「furnus, m. [fornax] パン焼竈。」「fornax,f. [fornus = furnus] 1.暖炉、竈; 2. パン焼竈、溶鉱炉。」とある(以上いずれも TanakaH)。このうちfornax のみが女性ジェンダーであるから、ノストラダムスは女性ジェンダーのfornix で以て女性名詞fornax を表そうとしたということになる。その最も普通の意味は「竈(かまど)」であり、英語のfurnace もそれから来た語で、これには文学史的に「厳しい試練」という意味があり得る。従って、私は「一つの竈の上に別の竈が載った道路」とは、「厳しい試練が続く道行き」と解する。他方、仮に性の相違に関せずfornix を竹本等のように「アーチ」と解しても、結果的には不条理が生ずる。何故なら問題の道路は、そこに「二重アーチ」が存在している道路だから、各アーチの上に道が通っているとすれば、全体は実は「三重路」になっている筈だからである。皇居の二重橋は現実には一重の石橋で、単にそう呼ばれるだけだとしても、橋であるから、その下は確かに水(お濠)があるが、本詩一行目は一番下にあるのは「道路」だと言っているので、訳者解と全然合っていない。一体この三重路はどういう構造か、そもそも解釈が正しくないのだから想像も出来ないが、もしfornix を橋のようなものとすれば、そういうことになってしまうのである。

何故なら、auxelle という新造語は、auquel 即ち à + lequel、 及び、その女性複数形 auxquelles 即ち à + lesquelles とのアナロジーによるもので、à + laquelle と解され、英語の upon which ないし where に相当するからである。laquelle (which) は女性名詞 la voye (the road) を受ける関係代名詞である。つまり、fornix を「道付きアーチ」とすれば、「道路、その上には一つのアーチがあり、アーチの上には更に別のアーチがある、そういう道路」が一行目で提示されていることになってしまうが、これは明らかに「三層道路ないし三重道路」と呼べるだろう。従って、名称だけでも、「二重橋」にはならないのである。

竹本等は auxelle を「補助の auxiliaire」の意味に解しているようだが、auxiliaris というラテン語を語源とする以上、フランス語でも英語でも auxiliaire, auxiliary となり、特に -XILI- の繋がりは重要で、それが -XELLE- となる音韻遷移は認められていない。そして、仮にこれが認められたとしても、auxiliary とは、本家本体の主幹があった上で、「それに付加的に添えられるもの」でしかないが、皇居のいわゆる「二重橋」は「正門の正規の橋」であって、決して補助的なものではないし、二重橋の本義も「眼鏡橋」という通称からは程遠いのである。

にじゅうばし 二重橋 皇居内の旧西丸地区にある正門鉄橋の別称。皇居正門前の石橋(俗称めがね橋)を渡り、右折して間もなく、新宮殿の中門前の濠に架かっている。この橋は深く切り込んだ台地の両端にかけられているため、工法上、台地の途中に橋桁を構築し、その上に更に橋を組むという二段造りの構造になっており、そのため俗に二重橋と呼ばれた。なお、俗に正門石橋を二重橋と称し、また石橋と鉄橋の二つを合わせて二重橋と称しているが、これは誤り(川田貞夫)。」(EH, XI, p.314-315)

初版では眼鏡橋の写真まで掲載して「二重橋弧の影の路」に自信満々だったが、その後こういう事情を知ったのか、最新版で竹本はそれを大々的に変更し、「道に道 重なりて 二重橋」とした。「直訳すれば、一行目は「道の上に補助的道が乗っているフォルニクス...」となりますが、これでは詩になりません。」これは、原文尊重の精神を忘れ、自己の詩的創作を誇る者の言であろう。

それにしても、「道の上に補助的道が乗っているフォルニクス」は La voie auxelle, l’une sur l’autre fornix と彼が取る一行目原文の直訳であろうか。否、それさえも決して「直訳」にはなっておらず、巧妙悪質な偽装的意訳が介在している。何故なら、その仏文を彼に即して直訳すれば「補助的道、一つのフォルニクスが別のフォルニクスの上に」となる筈だから。つまりこの場合、「補助的道」と「一つのフォルニクスの上にもう一つのフォルニクスが乗っているもの」とが同格に立つ。

他方、彼が直訳と称する日本文「道の上に補助的道が乗っているフォルニクス」を仏文に戻すとすれば、La voie auxelle sur l’autre voie, fornix となるべきであろう。結局、「道の上に補助的道が乗っているフォルニクス」は原文に即し得ない日本文であって、又、ローマ時代の水道橋にさえも妥当し得ない。何故なら、水道橋の主幹は正に水道であり、それは通常最高部に設置され、それより下位の構造体がむしろ「補助」となっているからである。何故なら要諦は谷間地形における架橋による水道の設置であり、その標高レベルが最初に決まる事によって、それを支持する下部構造が決まるからである。

次に第二行目で先ず問題なのは竹本等が「満目荒寥」(見渡す限りの荒野)と訳した le muy deser という二語だが、私はこれを「見捨てられた大樽」と訳す。何故なら、確かにフランス語には muy という語は無いが、大きな樽という意味の muid があり(cf. Vignois, 1910, p.256)、発音は共にミュイで同じ。そして、16世紀書き方では y は i に通じ、muy に続く deser の先頭のアルファベット d を借りるのである。そしてそれに形容詞 deser (= desert, 見捨てられた、deserted, desolate) を加えると「見捨てられた大樽」となる。

これは具体的には、ナポレオン3世が世に出る前にクーデター失敗で終身幽閉されたフランスの人跡途絶された古城「アン城」を指す。彼は後そこから巧妙に脱走し、それから運気を獲得して行く。なお、deser も本来は desert となる所、末尾のtを欠いたのは、私のやったような読み方への暗示、ヒントの一種とも取れる。なお、関連詩 §634,IV-65 では le deserteur de la grand forteresse (the deserter of the grand fortress) 「大きな要塞を見捨てた者、大きな要塞からの脱走兵」という表現で、アン城を脱走したナポレオンを描いているが、その deserteur (deserter) という語は、本詩の deser と共鳴している。つまり、「見捨てられた大樽」の「見捨てられた」という語には、「彼が見切りをつけて脱走した」という意味も加味されているのである。

但し、「大樽の中から外へ出された」という表現は正確であって、実際に彼の1846年5月26日の脱走は動機の点では兎も角、技術的には本質的に「受動的行為」であった。というのも、獄舎内で彼の下男として仕えていたシャルル・トゥラン Chrales Thelin という男が2日前に馬車を用意し、前夜には城の司令官からサン・カンタン旅行のための外出許可を貰っていて、労務者に変装したナポレオンが彼に従うという形で、何とか成功したからである。(cf. Torné-Chavigny, 1860, p.84-85). 従って、竹本等が受動的意味を持つ mis (placed) という過去分詞を「立つは一人」と能動態としたのは原文を逸脱している。又、そうでなく、もし、hor mis を hormis, except という前置詞として読んだ(実際彼等が掲げる原文は初めからhormisと一語にしている)のなら、一方で du muy の先頭の du に含まれる前置詞 de を考慮すると、de は hor de, out of と繋がるので、 hormis は選択肢としてあり得なく、mis は矢張り過去分詞でなければならないのである。何故なら、この場合の hor (辞書にない語)は明らかに前置詞 hors の語尾消去 apocope (下記参照) に他ならないからである。実際、hor も hors も発音は同じく「オール」である。更に念を押せば、ノストラダムスは明らかに hormis, except という前置詞だと分る事例において、それを『預言集』で3回は“hors mis”(II-31, II-37, II-39) と書き表し、1回は“ormis”(VI-4) と記しており、それに基づけば“hor mis”というオプションは排除される。従って、hormis と読んだ場合、竹本等がどこから「立つは」を引っ張って来たのか。それは、ノストラダムスの原文からではなく、彼等が脳裏に描いた「皇居前広場にひとり建つ楠木正成騎馬像」そのものからであろう。

なお muy と deser について伝統的修辞学の観点から説明を加えよう。このような単語の最終字を省略する手法は「語尾消去 apocope」と称されるが、ノストラダムスは『預言集』でこの手法を多用している。それは大抵、最終字が発音に関係しないような場合である。E.g. “muy” for muyd (ミュイ), “deser” for desert (デゼール) (here), “mor” for mort (モール) (I-81,II-70), “gran” for grand (グラン) (II-26, II-66), “escri” for escrit (エクリ) (VIII-56), “diver” for divers (ディヴェール) (VI-17), “couver” for couvert (クヴェール) (VI-17), “descouver” for descouvert (デクヴェール) (VIII-26), etc.

他方、竹本等はmuyをスペイン語の副詞「大いに」だと言う。ここにいきなりスペイン語とは驚きだが、同行末尾のgenestもスペイン語由来だから問題はないと言う。しかし、およそノストラダムスはフランス語で足りる所に敢えてスペイン語を強力な理由もなく当てるような事はしない筈だ。それ位なら、筆者の、一見これもやや強引に見える (しかし修辞法から見れば合理的な) 読み方の方が自然だろう。又、仮にそれがスペイン語副詞だとした所で、それに続くのは名詞(と彼等が考える)「沙漠 desert」ならば、この統語法は無理である。何故なら、極めて極めて例外的な場合以外、純然たる副詞は純然たる名詞を修飾しないからである。「大いに 沙漠」は「大いなる沙漠=見渡す限りの荒野」には換言出来ないし、そう読み換えるべき超例外的要請があるとも見えない。実際に辞書を見ても、muy が名詞・代名詞を修飾するのは、その名詞・代名詞が「形容詞的に用いられた」場合に限定される (cf.Hara)。

そして、そのgenestという語だが、これはスペイン語に頼らなくても、フランス語として意味は通る。16世紀的書法を残すgenest は現代的綴りではgenêtとなり、意味は「えにしだ」という植物である。蝶々の形をした黄色い多数の花を咲かせ、ゴージャスに見えるこの花木は、「勇敢さ」を併せ持つルイ・ナポレオンの他の一面を表す。彼の通常のイメージはそれと異なるかも知れないが、それは同時代人の政敵に相当する皇帝ナポレオン三世を嫌い、扱き下した共和主義者ヴィクトル・ユゴーのような有名な小説家の偏った見方が帝政崩壊後になって世人一般に影響したせいが大きく、実はよくよく見ると彼は「華やかさを持つ存在」であり、ノストラダムスの見立てでは、フランスで最も栄耀を極めた皇帝である (cf. §634,IV-65; §635,VIII-53)。

ユゴー自身の言葉では「ルイ・ナポレオン・ボナパルトは、中背で、冷淡で、青白く、完全には目覚めていないような鈍い様子をした男である。下品で、大人気なく、芝居がかった、見栄っぱりな人物である。見栄、房飾り、羽飾り、刺繍、スパンコール、大げさな言葉、大げさな称号、鳴る者、輝くもの、ガラス製品のような権力が好きなのだ。アウステルリッツの戦いの近親として、将軍の格好をしていた。軽蔑されることは問題でなく、人が自分を尊敬している顔を見れば満足だった。」(Trémolières IIIj, 荒川久美子訳, p.219)。

この描写から、大作家が被写体に抱く個人的嫌悪感を差し引くと、「まさに華ある政治的有能」の存在が浮き出てくる。実際、政治の大家は、表面上「鈍いような様子」を持つもので、近時のアニメ等がしつっこく描くような「ギラギラまなこ」は広大深遠な透視的観察の出来ない目で、その逆に何処を見るともなく沈んでいる目は、胸中で絶えずあらゆる可能性を仔細に測っている精神の活動が奥に控えているのである。その片鱗が既にその若年から現れていたとしても不思議ではない。その若年は伯父・皇帝ナポレオンの失脚により亡命を余儀なくされて、第一行目が詠うように、苦難に次ぐ苦難の絶えざる試練の中に彼の人生はあったのである。

竹本等がそれを「騎馬」と読んだのは、一種のまやかしによる。何故なら、genêtに似た語で「スペイン産の小型馬 genet」があり、genetとすべきなのをgenestとした訳は、gen-est、つまり「東方est (east)」の義をも表さんとするためだと言うのであるが、これは過剰解釈に陥り、詩句に無いものまで主張する似非解釈であるからである。現代的に諸アクセントが整備された形でのフランス語genêtとgenetは全く別語であり、こういう種類のアクセント記号を欠いていたノストラダムス当時は、genetに対するgenêtをgenestと綴っていたという状況を知れば、問題は解決する。そしてそれは両語の語源的相違に元来基づくもので、genêt即ちgenestの語源はラテン語 genestaないしgenistaであり、genetはスペイン語 jineteから来ている(cf. Ibuki)。因みに、「エニシダ」という日本語の響きは「ラテン語 genista から転じたスペイン語 hiniesta = イニエスタの変化したもの」というその素姓を明かしている (cf.金田一京助、他編『新明解国語辞典第三版』三省堂、東京, 1981)。

なお、ノストラダムス『予言集』において、フランス語「彼 (彼女、それ)は在る est (He, She or It is.)」という語が同じ綴りとして「東 est (east)」という意味をも同時に持つ例は、V-32 詩に見出される。所で、この V-32 詩は、VIII-14 詩と共に竹本等にあっては「アメリカ物質文明の破局」として解釈されているが、est という語に注目すれば逆に「東洋の国日本の経済危機」に関わる可能性の方が大きいのである( → 日本関連詩4)。

次いで第三行目を見れば、竹本等が「天皇の詔勅」と訳した原語はL’escript d’empereur (The script of an emperor) だが、empereur (emperor) = 天皇は兎も角として、escript (script)を「詔勅」と訳すのは誤りである。escript (script)はなるほど「書かれたもの」一般であり、「詔勅」も一見そのように見えるが、日本語でも荘重に「詔勅」と言われる種類の特別な文書は欧米でも矢張り特別荘重にédit (edict)と称され、それは「話されたもの、宣明されたもの」と言う原義を持つ (cf. Ibuki ; Obunsha)。まさに「みことのり」であって、従ってそれは単に「書かれたもの」という単語では表し得ないのである。そしてノストラダムス自身も、その『預言集』での用語として、両者を厳正に区別して使っている。即ちédit (edictないしedit)は計6回登場し、「出版 edition (公刊されたもの)」という意味1回 (V-72)以外は5回とも「君主の勅令に匹敵する最高権力の公的命令」(I-40, II-7, IV-18, V-97, X-94) である。他方、escript(z), escris, escrit等は計6回見られ、「結婚契約書」(IV-57)、「墓碑銘」(VIII-28)、「運命の書の記載」(VIII-56)、「政治的党派の合意文書」(IX-8)、「ロゼッタストーン銘文」(IX-32) となっており、そして本詩の場合は「ナポレオン三世に帰すべきと看做されている小冊子『教皇と会議』という文書」と解されるのである(「会議」とはイタリア問題等を扱う為、1860年1月初旬にパリで開催予定のウイーン条約署名諸国による国際会議のこと。これは結局無期限に延期された – cf. Dreyss,p.899)。これは形式上はナポレオン三世の署名文書ではないし、彼の公的命令でも何でもなく、「彼が他人に起稿させ、彼が自身の所見と認めた文書」(cf. Seignobos, 1921b, p.14)にしか過ぎないので、とても「詔勅」と言えた代物ではない。矢張りそれをノストラダムスはedictとはせず、単にescriptとしたのである。これが仮に昭和天皇の「終戦の詔勅」や、明治天皇の「五箇条の御誓文」であるなら、ノストラダムスは矢張り、異国の「エンペラー」であっても、escriptなどとはしなかったに違いない。後半の「不死鳥」を竹本等は「皇帝の文書」と取っているが、最終行に照らし合わせれば、それは「彼の者」であると解すべきだろう。

最終行の竹本等の訳は「余人に見えず ― 映りてこそあれ、ただ かの者の目に」とあり、彼の解説によれば、かの者のみに見えるものとは、「不死鳥の復活する姿」であり、かの者とは「三島由紀夫」のこととされる。しかし、「余人に見えず ― 映りてこそあれ、ただ かの者の目に」と言う訳自体が最初からフランス語原文の正確な和訳には到達していないのであるから、いかに興趣深い説明を加えようとも、如何ともし難い。何故なら、Veu en celuy ce qu’ a nul autre n’est. (= Vu en celui ce qui n’est à nul autre, Having seen in the one what does not belong to any other.)と言う原文は、英訳で示したように、冒頭が過去分詞veuなので助動詞を補って見ると、「当該文書が~を見た」という構造が浮き出てくる。つまり、当該文書の趣旨は、「ある一人の者の中に、他の誰にも属していない唯一占有的な物のみを看取している」ということである。その文書は「ある人の内に、その人自身にしか属さない物しか見ていない」というのである。これだと抽象的で分かりにくいが、実際の所、ナポレオン三世の主張を盛った『教皇と会議』という小冊子は1859年12月22日に出版され、「教皇はローマ以外の所領を手放すのが良い、教皇の力はその実力からではなく、そのひ弱さから帰結するものである」という主張をしている(cf. Seignobos,id.)。とすれば、ノストラダムスの表現は全く以て完璧と言うしかない。それに対し、「(何かが)他の者には映じていないが、かの者の目にだけは映っている」という竹本等の訳は原文の構造と完全に主客転倒しているのみならず、ce qui n’est à nul autre (what does not belong to any other)という構文を理解していないのである。「かの者」も「余人全員」」も「見ている主体」ではなく、「見られている客体」であるのが原文の構造であり、さらに言えば「余人全員」は直接見られている対象ではなく、「余人全員に属していない物」が見られているのであるからである。

或いは、veu を受動態的過去分詞に取り、「他の誰にも属さない物が彼の者の中に見られ What does not belong to any other seen in that one」とする方が時制上は自然であるが、趣旨は同じである。

さて、そうすると、先の「不死鳥」とは、教皇が仮に既存の広大な領土を失ったとしても、ローマのみに留まって本来の「実力ではない弱さ、即ち神聖な職務にのみ専念することにより却ってその力・パワーを獲得し発揮出来る」という文書の趣旨の美的象徴に他ならないことが明らかとなる。実際、キリスト教文化圏の中で、フェニックスという伝統的な東洋的イメージは、「キリストの復活」の象徴という西洋的ニュアンスを新たに獲得した (ジェニファー・スピーク著、中山理訳『キリスト教美術シンボル事典』大修館書店、東京, 1997, p.187) 。その新たなイメージをノストラダムスは喚起しているのであって、竹本等のように古い東洋的イメージに固執する必要はないのである。

N.B. 文法論雑感
このあたりで読者諸賢はある種の違和感を筆者の論説に対して抱かれるかも知れない。つまり、「日本人である筈の貴公が、名だたる欧米のノストラダムス研究者達の解釈の、特に文法的な欠陥を鋭く強く指摘し、彼等の思い及ばなかった新しい説明を行っているように見えるのは、一体全体、どいういうことなのだ。フランス語を母国語とする解釈者は言うに及ばず、インド・ヨーロッパ語族内で親類筋の英独等の研究者達であっても、日本人よりもはるかにはるかに、ずっとずっと、ノストラダムス詩文のフランス語解釈において、実力を持っているのが当然で、常識ではないか。」と。

しかし逆に私は、「彼等欧米人達(竹本忠雄氏も、その経歴を見ると、フランス等の外国生活が長く、欧米人並みの日常的言語感覚は磨かれていても、文法的自己研鑽は余りやっていなかったと思われる)は、どうしてこうも自国語や、欧米近隣語であるノストラダムスのフランス語の、特に文法的事項に関して幼稚なのだろうか?」という疑問を抱かざるを得ませんでした。

そして、その答えは、最近、とみに批判されている「文法重視の日本の外国語教育」の長期の伝統にある事が実感されるようになりました。言い換えれば、彼等欧米人は、自国語や近隣言語に関して、日本人ほど「基礎基本に徹した文法教育を微に入り細を穿つまで教育されて来ていない」という事実があります(一、二世紀を戻る時代の欧米人らが伝統的に受けて来たギリシア・ラテン古典語文法は、ある程度ノストラダムス解読に役だったが、、ギリシア・ラテン語文法も、そのままで近代・現代フランス語に当てはまるとは限らなく、そのためそういう教育を受けたが、フランス語自体の文法教育が不十分な旧世紀ノストラダムス研究者も、古典語文法を無理やり当てはめる傾向に陥り、近代語としてのフランス語の特性を見落とすという流れが続いた)。

英語学者にして、練達の政治・歴史評論家である上智大学名誉教授・渡部昇一氏が常日頃力説して来られた「外国語教育の文法重視の強大なメリット」を私は実感しています。つまり、会話中心の外国語教育は、それだけでは、学術書・研究書等(未解読のノストラダムス著作等を含む)の正確・綿密な読書・解読・理解を促進し得ない、ということです。

よく帰国子女が、日本の学校での「英語やドイツ語」等のクラスに随いて行けない、という話が聞かれますが、その躓きの石は、ズバリ、「文法の重視」にあります。外国で一時期生活して、そして一応会話が出来るということと、その言語の文法構造が分析的に説明できることとは、同一の事、同一の能力ではありません。早い話が、日本人だって、学校で日本語文法を習わなかったら、こんなにも自由に日常操っている母国語の、文法的説明は不可能です。

従って、多くの人の場合は会話中心でもいいけれども、何らかの専門的分野で国際的な問題について、世界に出て行って実力を発揮してみたい、という大望を胸中に秘めている青少年諸子諸君に限っては、文法否定論は軽く聞き流し、受け流して、折角の会話教育は学校で楽しく学びつつ、伝統的な文法学習を独力ででも徹底マスターされるよう、アドヴァイス申し上げる次第です。

参考:Eight parts of speech (リンク参照)
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日本関連詩3: IV-86詩 「嘱望の大君候」は凶王か?

IV-86詩 : 「嘱望の大君候」は凶王か?

イオネスク = 竹本コンビがVIII-27詩(§654)とIV-49詩(§365)に関する解釈で大錯誤を犯している事を厳しく指摘したが、彼等が矢張り自らの解釈を高度の達成として誇りにしている IV-86詩についても、同様に厳しく批判しておかなくてはなるまい。その詩は直接日本に関連する訳ではないが、その彼等の誤りは、過去の明確な歴史事実に照らす作業を蔑ろにして徒に自己願望的な未来の事象に預言詩を引き当てようとする同じ悪路を踏んでいるものである。IV-86 詩は詠う:

第四サンチュリ86詩: IV-86 (§790):
L’an que Saturne en eaue sera conjoinct, (In the year when Saturn shall be in water conjunctioned,)
Avecques Sol, le Roy fort & puissant: (With the Sun, the mighty and powerful King:)
A Reims & Aix sera receu & oingt, (In Reims and Aix shall be received and anointed,)
Apres conquestres meurtrira innocens. (After conquests he shall murder innocents.)

これを筆者は次のようにタイトルを付し、解釈・和訳する。

『ヒトラーの政権掌握、フランス占領、ユダヤ人殲滅』
水瓶座において土星が太陽と、
合になる年に、剛毅強力な王者。
彼はランスとエクスに容れられ塗油されるだろう。
諸々の征服の後、彼は多数の無辜を殺戮するだろう。


これに対して、イオネスク=竹本釈は次のようになっている。

『予言集』IV-86 西暦2023年の戴冠式
土星が 水中で 太陽と                                        
合の位置にある年 [ 2023年] に、強大なる王が
ランスとエクス(-ラ-シャペル)に迎えられ、大君の座に 就くであろう。
征服をかさね、ある人を殺(あや)めるが、この人は無実であろう。(Takemoto, 2011, p.773-774; Ionescu, 1993, p.236-238)               

この訳詩を見て違和感が最初に来るのは、「ある人を殺(あや)めるが、この人は無実であろう」という末尾の文句である。何故なら訳詩者達は古来伝説的に語られているキリスト教的理想の大君候の出現を待望し、この詩もその一環であるとするのだが、それにしては「無実の人を殺害する行為」が、いかにしたら「理想的大君主の徴」となるのか、理解に苦しむ。

しかも、訳詩者達が採用した「無実の人 innocent, innocent」(Takemoto, 1993, p.163; Ionescu, 1993, p.236) は単数形であり、それを載せる版 (№ 9) は信頼性が劣るのに対して、比較的に高い信憑性を持つ多くの版 (№2, №3, №10) は innocens, innocents という複数形になっている。この優先的テキストを当然採用すべきであり、その場合には、竹本等の訳詩は期待と全く矛盾する度合いを途方もなく高めるだろう。

まるで、多数の無辜なる人々を殺害する事が、理想的君主の事績に数えられようとしているかのようである。なるほど、そういったパラドクスを許す政治思想と体制は、例えば近時ドイツのナチス政権に顕著な具体例を見たように、不可能事ではない。優生思想に基づく劣等人種のホロコーストはナチス思想では功績である。そして、実際にこういった思想以外には、「無辜の民の殺害が為政者の功績となる」ケースは思い及ばない以上、竹本等が期待する「大君候」は「アドルフ・ヒトラーにモデルを見て取れる理想像」であると言わざるを得ないのである。

だが、この批判は決して単なる暴論ではない。真実を言えば、この預言詩は21世紀に夢を描くものではなくて、まさしく、20世紀のナチス政権の登場とその顛末を語ったものなのである。では、ノストラダムス預言詩解釈の常道に従い、詩句の基本用語の吟味から始めることにしよう。

先ず、第一行目の「水 eaue」は、土星と太陽がそこで合となる場所であるから、黄道12宮の一つである。単なる「水 water」という表現のみでは特定が困難であるが、12宮に関するノストラダムスの他の表現を参照すると、これは多くの論者が認める如く「宝瓶宮 (水瓶座) Aquarius, Verseau」であると結論付ける事が出来る。一部論者は「水」が「水の3宮 (trine, trigon): かに座・さそり座・うお座」を表す可能性を挙げるが、しかしその線は考慮外に置いてよいだろう。何故なら、ノストラダムスは I-50 詩で完全に専門用語を用いて「水の3宮 l’aquatique triplicité, the aquatic triplicity」と言っており、これを単に「水」という表現で代用させるほど読者・研究者を粗い網目のなかに放置するとは考えられないからである。上手に手繰ると「唯一の意味に到る」のがノストラダムス預言詩の言語組織である。故に、「水」という表現はその直感的・直接的意味喚起性に沿って理解されるべきであり、そうすると、少なくとも「かに座」「うお座」「水瓶座」の3候補に絞られてくる。

そして、他方、他の詩では「かに座」は Cancer (Cancer)という本来の語で登場し (V-98, VI-4, VI-6, VI-24, VI-35, VIII-48, X-67) 、うお座も Pisces (VIII-91), Poissons (II-5, II-48) という固有語で語られている。そして、甕・瓶 (Urne, Urn) という語が2度 (IX-73, X-50) 明らかに「水瓶座」を指し、又、雄牛beuf (ox)が「おうし座」を意味し、矢 fleiche (arrow) 及び弓 arq (= arc, arch) が「いて座」を表すというノストラダムスの嗜好と一体の彼の表象様式に素直に従えば、この際、「水」は「甕・瓶」と同様、どうしても「水瓶座」に当るとする外はないだろう。実はもう一例ある「水」(VIII-49)も矢張り「水瓶座」と解すると得心が行くのである。因みに、さそり座については I-52 詩で、ズバリ Scorpion と言われている。

従って、「水」を何らの検討も経ないでいきなり「水の3宮のうちのうお座」と解したプレヴォーの試み (Prévost,1999,p.114) は、それに基づけばほぼ10年ごとに巡り来ることになる天象の中から15世紀の史実に合致する一年を持ち出すという彼の「過去主義」と共にノストラダムス預言詩の「つまみ食い的稚戯」の域を出るものではない。

それにしても、これで会合場所は特定できても、それは約30年毎に大体2年続けて巡って来る天象なので、それを詰める前に、「強大なる王がランスとエクス(-ラ-シャペル)に迎えられ、大君の座に就く」という詩句を考察しよう。

実はこの表現は相当狭い候補限定が可能になっているのは多くの論者が説明している通りである : 「ランスとエクス・ラ・シャペルは、ノストラダムスの時代には、フランス諸王とドイツ諸皇帝が聖別を行った2つの都市であったのだから、問題の剛毅強力な王者は従って両王国を統合する事に成功する筈の者ということになろう。」(Brind’Amour, 1993, p.260)。我々の研究範囲である1555-2000年で見ると、フランスとドイツを統合した君主・政権(革命的共和政権を含む)としては、両国の広狭は種々有りうべきも、少なくともランスとエクス・ラ・シャペル(アーヘン)を包含する形での統合を条件とすると、4政権しか無い。

即ち、フランス総裁政府(1797年10月17日カンポ・フォルミオ条約でフランスはオーストリアからライン川左岸地帯の所有を認められた)(L. & A. Mirot, 1947, p.426 )、ナポレオン・ボナパルト(彼のフランス帝国は左記を受け継いだ)、普仏戦争で勝利しフランスを占領しヴェルサイユ宮殿でドイツ皇帝として即位したヴィルヘルム1世 (Vignois, 1911, p.314)、そしてアドルフ・ヒトラー(第二次大戦におけるフランス占領)である。

4候補に絞られた以上、後は惑星布置の年号をチェックするだけで良い。実際、水瓶座における土星と太陽の合は、1555-2000年間に都合36回生じているが、候補4政権に関連する年としては、以下の3例のみが残る。

1° 1815年(1月23日合):ナポレオン皇帝の退位・セントヘレナ配流(同年6月)の年。
2° 1933年(1月27日合):ヒトラーが首相に指名された年(同年1月)。
3° 1934年(2月8日合):ヒトラーが総統・首相として独裁を確立した年(同年8月)。

さてここで特徴的なのは、一方のナポレオンの場合は完全な失権の年であるが、他方のヒトラーの場合は実権の完全掌握の年であるという対照的な事実である。この事は本詩解釈に重要な意味を有する。何故なら、「水瓶座において土星が太陽と合になる年に剛毅強力な王者」という節分けで読むと、これは完全に政権確立したヒトラーにしか当てはまらないからである。

確かに論者たちは殆ど例外なく「水瓶座において土星が太陽と合になる年に強大なる王がランスとエクス-ラ-シャペルに迎えられ、大君の座に 就くであろう」と繋げて読むことに短兵急に行く。だが、ノストラダムスの詩文はそんなに簡単に決めてしまうのは過ちの基である。2行目はコロンで終わっている。これを活かせば、そこで1-2行目を完結させることも許されるので、「当該年に強大なる王が(出現する、確立される等々)」の意味が成り立つ。動詞を欠く表現はノストラダムスには多々ある。

次に、「彼はランスとエクスに容れられ塗油されるだろう」という3行目は、それから数年経て後1940年、ヒトラーの軍事的侵攻でフランスを占領する事によって初めて論理的に意味充実する詩句である。「塗油される」という用語はノストラダムスでは必ずしも往古の儀式そのものに限らず、もっと象徴的に「国家の最高権力掌握」を意味し得る(例えば VI-24 詩は塗油という語でニクソンのアメリカ合衆国大統領就任を語っている)。

特に、「容れられ」という表現は、「他国の元首が隣国に侵攻したのを許容された」というニュアンスで戦敗国フランスの弱さを表し、そのことによってドイツの覇者の存在感を示している。

そして、最終行「諸々の征服の後、彼は多数の無辜を殺戮するだろう」という表現は、ヒトラー政権に完全に妥当するのは論を俟たない。かくして、本詩に「善意に満ちたキリスト教的理想君主」を思い描く試みは、ナンセンス以外の何物でもない。
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日本関連詩4 V-32,VIII-14 :経済危機:アメリカ? 日本?(1)

日本関連の預言詩4
V-32詩, VIII-14詩 : 大経済危機:アメリカ? 日本?(1)

竹本忠雄はV-32詩とVIII-14詩を共に「アメリカ物質文明の破局」として解釈している (Takemoto, 2011,p.763-765)。
「連詩 アメリカ経済危機 1『予言集』VIII-14
金銀の大クレジットは (世界中に)溢れ広がり、
貪欲故に (この国の)名誉を曇らせるであろう・・・
 (後略)

連詩 アメリカ経済危機 2『予言集』V-32
日月(金銀) きららかなれば すべて良しとされ、
倉廩(そうりん)満つるも かの(国の) 破局は 近づきつつあり。
(何物かが)天より来たりて なんじの富を焼尽し、
げに そのさまは 第七の巌と異ならず。

永遠の都ローマには、ユピテル(ジュピター)の神殿のそびえる「第七の丘」の近くに、罪人を投げ落として処刑した「タルペイアの巌」なるものがありました。ここから、4行目の《第七の巌》という造語を仕立てています。」

しかし一体、竹本はいかなる徴表によって、これらの詩が最近のアメリカ経済に関係する事を推論したのであろうか?その明確な答えは示されていない。(この国)として補足している以上、単なる推測以上のものではない事を告白しているに等しい。つまり、一番今世界で富が豊富な国と言えばアメリカだからだ、という単純な理由なのだが、しかし「時は今」という事は、では、どうして言えるのか、が不明になっている。

確かに VIII-14 詩の方は、実は、省略されている当の後半の詩句を省察すると、20世紀末のアメリカ合衆国との関連が看取されるのであるが、V-32 詩の方は、そこに二度も繰り返されて出て来るフランス語「彼 (彼女、それ)は在る est (He, She or It is.)」という語(しかもこれは預言詩なのにレッキとした現在形動詞であるから、何か重要なメッセージが隠されているのである!)が同じ綴りとして「東 est (east)」という意味をも同時に持つ事を根拠にして「東洋の国日本の経済危機」に関わる可能性を摘出するより外に関連地域を特定する方法は無いと思われるのである。その場合、歴代の幾つかの世界的に大きな経済危機の中での現代日本の経済危機という選択になるのだが。

そこで、先ず VIII-14 詩について考察するが、実はこれは経済危機ではなくて、繁栄経済の様を描いたものであり、それを「アメリカ経済危機」とする竹本解は完全に逆転しているのである。

VIII-14詩(§930) : 合衆国大統領クリントンの財政再建と醜聞(1998)
巨大豊富な金融資産、流動資金が
リビドーの為に廉恥心を盲目にしてしまうだろう。
姦通の罪が世間に知られるだろう。
これは彼の大きな不名誉となるだろう。


この預言詩の意味は、ノストラダムスが自分の預言詩について原則的に述べていた通り、「出来事が起こって初めて理解できる」ようになった。何故なら、合衆国大統領ビル・クリントンのセックス・スキャンダルが1998年になってアメリカにおいてのみならず世界的にメディアの話題となり、本人が公式にその事実を認めて家族及び国民と社会に謝罪し、それがアメリカ経済の好況を背景にした彼の二期目における合衆国の財政再建の達成という成果と結びつけられる時、本詩の意味が浮き彫りになって来たからである。

確かにイオネスク・竹本コンビは1991年当時、この詩をニクソン大統領の「ウォーターゲート事件」に関連付けて以下のように解釈していた(Ionesucu, 1987, p.467; Takemoto, 1991,p.763-765)。

「▼資本主義症候群としての「ウォーターゲート」
『諸世紀』第8章14歌
金銀の大クレジット(資本)と莫大な富は
ますます(この国人[くにびと]の)貪欲を駆りたて、名声を曇らせるであろう。
《不貞》の罪による元首告発は世にあまねく知られるところとなり、
この国に大いなる不名誉をもたらす結果となろう。


アメリカ合衆国はここでは、換喩法表現によって、「大クレジット(資本)」 le grand crédit という言葉で表わされている。いうまでもなくこの国の特徴の一つが、その大金融資本とともに莫大な富(d’or et d’argent l’abondance)の保有にあるからにほかならない。」

さて、今これをニクソンの政治スキャンダルよりも、クリントンのセックス・スキャンダルに関連付ければ、イオネスク・竹本コンビの読みは殆ど完璧と言えるのである。つまり、「《不貞》の罪による元首告発」という表現は原文に即しているが、原著出版の1987年当時イオネスクが思い付いたのは「ウオーターゲート事件」であって、その場合には性的醜聞ではなく、対立党に対する盗聴工作という政治的謀略の比喩と解された。

しかしクリントンの場合には文字通りに当てはまってしまうのであり、竹本が最近版でこれを削除してしまったきり(Takemoto,2011, p.764)、必要な修正を提示しなかったのは褒められたものではない。そして、富が常に退廃を生む、というような固定観念で本詩を理解しようとする態度は、諸々の政権・君主・為政者の有為転変をつまびらかに予言するというノストラダムスの預言詩解釈に対して求められる姿勢ではない。

むしろ相対的に言えば、豊かな国の方が貧困に苦しむ国に比べて国民のモラルの平均的水準は原則的に低いというよりも、高いというのが現実的な真理である。現代は富の追求無しには事が成らない、というような時代は同時に普遍的にモラルの向上も期待されると言えるのだから、詩の表現には時代的社会的ニュアンスを読み取る必要があるだろう。

そういう具体論から言えば、「リビドー libide (libido)」という『予言集』でたった2回限りの特異な表現には、全く明白な「性的慾動」と言う意味が籠められているのであって、一般的に「貪欲」という意味には収まらない筈なのだ。「貪欲」はむしろ経済活動を一層活性化して富を更に更に追求するが、「リビドー」はここでは富裕な環境の中で大いなる奢侈として「性的対象」を求めるのである。「リビドー」のあと1回の用例 (§173, X-35) も明らかに同種の欲望を意味する。即ちそれは、政略結婚の為引き離されていた相愛の男女が機会を得て密会する状況の中での「燃える慾情 ardant libide (ardent libido)」を詠っている。

又、「アメリカ合衆国はここでは、換喩法表現によって、大クレジット(資本)という言葉で表わされている」というイオネスクの指摘は、無時間的真理の地平ではない現実の経済状況に関する限り、妥当とは言えない。アメリカと言えども、常に「莫大な富が換喩法的に当てはまる」ような無始無終の経済大国とは言えない。それはノストラダムス『預言集』が狙う1555-2000年の中でも、漸く18世紀末に建国が成され、20世紀前半にやっと経済大国に成長し20世紀を通じて世界をリードしたという眼下の存在にしか過ぎないのである。勿論我々は多くの論者のように、その衰退期がもう来ているという短見には与しない。合衆国関連の預言詩を全部集めて検討すれば、ノストラダムス預言が21世紀には主題的に及ばないとしてもそう言える筈だという事を他の機会に説明したい( → 合衆国関連預言詩)。そもそも本詩自体が、いわばクリントン政権におけるアメリカ経済の回復と発展を語っており、クリントン政権は2001年1月20日まで続いたので、まさに20世紀を完走して21世紀のブッシュ新政権にバトンタッチし終えたのだから、アメリカのその基本的勢いは21世紀において継続中ということが推定されるのである。

クリントンが初当選して大統領に就任した当時は、正に破綻したばかりの日本の巨大なバブル経済の強力な余韻が残っていて、それに押されアメリカは全体的にも国家財政上も極めて停滞した中に陥っていたのである。そして、クリントン政権はむしろ日本を敵対視して数々の難題を押し付けて来る一方では、中華人民共和国等に当たりを付け、再び世界第一の経済強国を目指して官民ともに大いに研鑽努力した事は今になって判明して来ている。逆に言えば、日本のバブル経済の破壊は、アメリカ人脈の理論的・金融的陰謀が裏にあった、というような事さえ一部では語られているほど、その時、日米逆転現象が起こったという事が出来る。但し日本のバブル崩壊の真の原因は、今では、日本政府及び金融当局の政策変更にあったことが遍く認められている。即ち「土地転がし」に代表されるバブル経済の行き過ぎ感の中、財政当局は不動産投資資金に総量規制を掛けてそれを抑制し、同時に日本銀行は政策金利を段階的に急速に上げると共に金融市場窓口におけるマネー供給量を大幅に減量するという一種の荒療治を行ったのである。それは、大洪水が一夜にして渇水状況に変わるほどの大変化を日本のマネー循環路内に来たしたのである。

史実1:「1990年代は又大多数のアメリカ人達にとっては豊かさの時代であった。1990-1991年の景気後退―このせいでジョージ・ブッシュは1992年の大統領選挙を落としたのだが―の後で、経済は活況を呈した。1997年の経済成長は3.6パーセントで、ドイツと日本のそれの5割増しであった。合衆国の5パーセントという失業率はドイツのそれの半分であった。1980年代の「旧産業」の大胆な“ダウンサイジング”が競争力を高めていたのであった。アメリカ産業はその競争相手達よりも迅速に新たなIT分野に資本投下を実行していた。その自信の表れは株価の目を見張るばかりの上昇であった。ダウジョーンズ指数は1987年のクラッシュ後の2000ドル以下から、1995年2月の4000ドルへ、1997年7月の8000ドルへ、そして1998年4月の9000ドルへと上昇した。1998年夏の金融危機の間には下落したが、1999年3月には10000ドルの新記録を出し、同年5月には11000ドルという新記録を達成した。」(Reynolds, 2000, p.645)

史実2:「1992年11月、民主党が1976年の大統領選挙以来初めてホワイト・ハウスを勝ち取った。ビル・クリントンは生粋の政治家で、1980年代の殆どの間アーカンソー知事だったが、“新民主党員”として通っており、党是たる「巨大政府」及び「高福祉理念」を捨てていた。1996年11月、連邦予算窮迫で政府部門が閉鎖され、クリントンが巧みにその責任を共和党になすり付けたあと、彼はフランクリン・ルーズヴェルト以降最初の再選された民主党大統領となった。だが「復活坊や comeback kid」は又「誘惑小僧 come-on kid」でもあって、一連の事実解明が明らかにしたように、性的満足に対する若々しい欲求 (an adolescent urge for sexual gratification) を持っていた。クリントンがホワイトハウス研修生のモニカ・ルインスキーとの不倫事件を隠そうとして行った数々の嘘と言い逃れのため、下院でマジョリティーを持つ共和党はそれを十全の口実と捉えて、1998年12月、偽証並びに司法妨害の罪で大統領を弾劾に付した。」(Reynolds, id., p.647)
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日本関連詩5 V-32, VIII-14: 大経済危機:アメリカ? 日本?(2)

日本関連の預言詩5
V-32詩, VIII-14詩 : 大経済危機:アメリカ? 日本?(2)

V-32詩 (§929): 日本のバブル崩壊 (1990-2000)
万事順調で全く日月が豊富な所、
豊かなる東、その破滅は近付いて居る:
汝の運命(財産)は天から身を乗り出して空を進む(落下する)。
第七の巌と同じ状態になって。


Kabutocho Crash (1990-2000): V-32.
Where all is good, all right the Sun and the Moon,
The abundant East, its ruin is near:
From upon the Heaven advances your fortune into the air,
In the same state as with the seventh rock.


( Ou tout bon est, tout bien Soleil & lune,
Est abondant sa ruyne s’approche:
Du ciel s’advance vaner ta fortune,
En mesme estat que la septiesme roche.)

日月」:文脈からして、且つノストラダムスの他の用例に照らしても、これは金銀を表す。今日では金融資産に当る。

豊かなる東」:原語は est で、「(彼、彼女、それ)が在る is」 という意味の動詞とした場合は、主語が見当たらないから(何故なら、その直前の「太陽と月」は複数だから単数形動詞 est (is) には適合しないし、又 all right the Sun and the Moon という句が、定動詞は無いが、「日月(金融資産)が全くうまく行っている = 豊富である」という状態を表現していると解せるから)、名詞「東 East」と解される。それに後置形容詞abondantが付いて「豊かなる東」となり、バブル経済全盛時には米国をも凌がんとした極東の国日本を指すと思われる。

汝の運命(財産)」:原語はfortune だから、こういう二重の意味がある。

天から身を乗り出して空を進む(落下する)」:原語vaner という動詞は、「船が進む」といった意味の自動詞だから(Godefroy),高所から身を投じた場合の「空中滑空」のような運動が想像出来る。従ってそれは「落下」となる。ローマの丘から罪人が投げ捨てられて落下して行くまさにそれと「同じ状態で」空を進む、と言うのであるから、一定の角度を持つ放物線状の自由落下である。これは誠に日本のバブル崩壊の最も代表的な指標である日経平均株価の動き、その激しい下落の様を言い当てている。何故なら、1989年12月29日に史上最高値38915.87円を付けた株価は、我々がノストラダムス預言詩の対象年代期限とする2000年の終値が13785.69円となりました。実に最高値の35.42パーセント水準まで下落したのです。

これに対して竹本忠雄氏は本詩をもっと最近のリーマン・ショックに関連付けようとした(Takemoto, 2011,p.764)。
連詩 アメリカ経済危機 2『予言集』V-32
日月(金銀) きららかなれば すべて良しとされ、
倉廩(そうりん)満つるも かの(国の) 破局は 近づきつつあり。
(何物かが)天より来たりて なんじの富を焼尽し、
げに そのさまは 第七の巌と異ならず。
永遠の都ローマには、ユピテル(ジュピター)の神殿のそびえる「第七の丘」の近くに、罪人を投げ落として処刑した「タルペイアの巌」なるものがありました。ここから、4行目の《第七の巌》という造語を仕立てています。」

ではリーマン・ショクに端を発し、サブプライム・ローン問題で騒がれたアメリカ経済の凋落がいかほどのものであったかを、同じく株価の変動によって見てみると、日本の崩落期にほぼ重なる時期においてアメリカは、前回見たように、2000ドルから11000ドルへ、つまり5.5倍になったのに対して、今回は史上最高値が2007年10月9日の14164.53ドルで、現在までの最安値は2009年2月の7062.93ドル、従って49.86パーセント水準への下落になる。日本の場合の約3分の1への下落に対して、これは約2分の1までの下落に止まっている。これによって、「自由落下並みの下落」が妥当するのは日本の場合である事が明白である。因みに現在時点(2012年9月26日)では、日経平均は8906.70円、ニューヨークダウは13457.55ドルで、最高値に対する回復率は夫々22.89%と95.01%で、両市場間の開きは一層拡大してしまっている。

但し、もっと過去へ遡れば、第二次大戦前の大不況があり、その際はニューヨ-ク株式市場は12.83パーセント水準まで下落したとされている。所がそれに就いては他の預言詩が存在しているので、次々回にそれを考察することにしたい。

その前に、そもそもノストラダムス預言詩が21世紀の個々の歴史事象に及ぶのかは、竹本氏等においては何らの原則的検証も為されておらず、至って気ままに思い付くままに既に解決済みとされ得る詩編の諸々の語句を拾い来たって関心を惹かれた眼下の出来事、或いは美味なる夢想の未来にその都度当てはめようとしている恨みがある。例えば、昨年の福島原発の大事故だが、竹本氏はIX-14詩がそれを預言していたという卓説を提起した。それは是非とも、次回、検証しなければならない。我々の研究ではそれは既に19世紀に実現済みの詩編であるから。
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日本関連詩6 福島原発事故預言?

 

日本関連の預言詩6

 

 IX-14 : 福島原発事故預言?

 

IX-14(§552): ナポレオン最後の戦い (1815.6.18)

 

染物師たちの鍋は平らかに潰され、

炉の上で鋳造され、葡萄酒、蜂蜜そして油脂は

悪口も反抗も無しに供出された。

七つの噴煙は蜜蜂軍団の大砲から消え失せて。

 

The last battle of Napoleon I (1815.6.18): IX-14.

Kettles of dyers being put into flatness,

And forged on the furnaces; Wine, honey & oil

Were offered without complaints nor resistances.

Seven. smokes extinguished at the canon of the swarms of bees.

 

( Mys en planure chaulderons d’infecteurs,

Vin, miel & huyle, & bastis sur forneaulx

Seront plongez sans mal dit mal facteurs

Sept. fum extaint au canon des borneaux.)

 

平らかに潰され原語 planure には「鉋くず」「平野」という二義があり (Littré)、ラテン語 planus (平らな、level, flat, plane, even) (Routledge)に由来する。IV-48詩ではPlannure という語がエルバ島の直ぐ南西にあるPianosa という小島の呼称として出て来る。というのもこの小島は平坦な地形のため嘗て Planasiaと呼ばれていたからである(cf. Torné-Chavigny, 1861, p.216)。本詩の場合は、en という「変化・変形の結果」を意味する前置詞を伴い、「平たい形状にされる」の意に取れる。

 

染物師たちの鍋」:Chaulderon chaudron (kettle)に同じ。Infecteurはラテン語 infector (dyer、染物師) に由来(Torné-Chavigny, id.)。

 

」:Forneaulx fourneaux (furnaces) に同じ。

 

染物師たちの鍋は平らかに潰され、炉の上で鋳造され」:これはエルバ島から帰還したナポレオン政権が武器製造の資材不足を補うべく、急遽、一般市民から日用鉄器類を徴収したという意味である:「ナポレオンは甚だ上手に、且つ精力的に、兵員を動員した後の最重要事、つまり銃火器に専念した。彼は公安委員会の驚嘆すべき努力(1793113;1794922日参照)を再現し、そして武器庫は魔法にかけられたように一杯になった。砲兵隊は種々の策を用いて既存工場の作業を倍加した。大きな要塞には全て修繕工場が設けられた。首都にも工場が新たに建てられ、熱心に且つ巧妙に運営されて、6月以降、日産3000丁の銃を供給し、7月1日からは4000丁を狙っていた。あらゆる軍事手段のかくも素早い製造は想像に絶していた。」(Montgaillard, VIII, p.188)

 

では、ナポレオンが参考にした嘗ての公安委員会の仕事振りはどのようなものであったか。「1793113日:全てを創り出さなければならなかった。作業員も、材料も、工具も。軍は火薬が不足していた。一次原料さえも無かった。しかし間もなくパリの中に豊富な資源が発見された。地下倉庫、調理場が隈なく調べられた;竈の灰が採取され、敷石が剥がされた;あらゆる瓦礫の中から硝石を含んだ部分が抽出された;全ての壁からそこに付着していた塩分が取得された。賢く活発に実行されたこれらの作業によって、素早い巨大な成果が得られた。パリの幾つかの街区では、扉に次のような言葉が読める:『侵略暴君に死を与えるべく、当家に住する市民等は自分達に割り当てられた量の硝石を供出致しました。』これらの張り紙は今後1年以上も維持されるだろう。」(Montgaillard, IV, p.140-141)

 

1794922日:公安委員会附属の科学者たちは数カ月来、領土防衛のため、非常手段を創出する努力をしてきた。フランスは、硝石、火薬及び武器を必要としている。9カ月の間にフランスの大地から従来の年産の12倍の量の硝石が抽出された。青銅製火砲の製造のため稼働している鋳造工場は15ケ所。その年産量は7000丁に上る。革命前はフランスにこの種の施設は二つしかなかった。鉄製火砲の鋳造所は30あって、年に13000の大砲を供給しているが、戦争開始時には4工場が年に900門を製造するだけだった。大砲の弾丸及び装備一式の製造工場も同じ割合で増えた。刀剣・銃剣類製造工場は新たに20建設され、新方式で運営されたが、戦前には一カ所しかなかったものだ。パリそのものに創設された巨大な火器製造所全体での年産は14万丁になる。」(Montgaillard, IV, p.288-289)

 

反抗」:。原語 mal facteurs は「悪を為す者達」の意。一語のmalfaiteur は「悪人、犯人」の意味だが、ここでは「悪口」に並ぶ語で、「悪口も言わず、反抗的行動も為さずに」ナポレオンの兵士達の為に貴重な糧食を一般国民が提供した事実を指す。

 

葡萄酒、蜂蜜そして油脂は悪口も反抗も無しに供出された」:これは関連詩 III-6 (§543)において、ナポレオンがエルバ島から帰還した後、連合国に対抗する戦備のため「[フランスの]市民達は牛馬や人員を課される」という予言とセットになっていて、本詩は「保存食を中心とした糧食の供出」を予言している。この時市民達の多くは皇帝帰還を歓迎し、大きな不平や反抗は無かった :「彼等は依然として自己をシッカリと保ち、むしろ自分達自身から進んで重い負担を自分達に課したのである」(Torné-Chavigny, id., p.81)。「供出され」の原語 plongez は、「ある場所から他の場所へ大量且つ迅速に転移される」というニュアンスを持つ。

 

なお原文1-3行目の構文は、Chaulderons d’infecteurs Mys en planure, & bastis sur forneaulx. Vin, miel & huyle Seront plongez sans mal dit mal facteurs. という再構成が必要だろう。

噴煙」:原語 fum fumée と全く同じで「煙 smoke(Godefroy)

 

消え失せ」:原語 extaint éteint と同義で、ラテン語 extinguere (to extinguish) に由来するéteindre の過去分詞形 。ラテン語のフランス語化に際し、「n が喉音([k],[g]など)を従える場合、in ein, 又はそれと等価のain と成る。例えば、tingere, stringere, extinguereは夫々 teindre, étreindre, éteindreと成る (Scheler, p.89-90)。この場合ノストラダムスはéteindre の代りにétaindreを採り、しかも接頭辞のex- をそのまま残したのである。実際この意味の語は『預言集』で都合10回使用されていて、estaindre (IV-82, VI-40) という不定詞形、estainct (I-42, IV-59, IV-71, VIII-28), estaint (IV-35, VI-63, VIII-6) といった過去分詞形が見られ、extaint という形が本詩でただ一度使用されている。

 

 蜜蜂軍団」:原語 borneaux (単数形はborneau) は辞書にない語であるが、近似のbournois という語が「蜜蜂の群 essaim d’abeilles (a swarm of bees)(Godefroy) という意味で存在するので、蜜蜂の図柄を旗印にしたナポレオン軍 (Lentz, 1998, p.49) を想像せしめる。そして更に、注意深くテキストを見ると、Sept. (Seven.) はピリオドを付されており、何か後略された語で、どこかの地名かも知れない、という鋭い嗅覚を以て探索した19世紀の斯学第一人者トルネ・シャヴィニは、本詩を概略ナポレオン関連詩と読んでいたので、ワ-テルローへのナポレオン軍の進軍経路を辿りつつ古地図(1570年出版の『地球劇場 Theatrum orbis terrarum』)を調べて行くと、7 born という地名に行き当ったのである。それは、現代の地図がワーテルローとして名付け定位しているまさにその同じ場所にあった。そこで彼はそれをワーテルローとして解釈し、本詩をその戦闘に関連付けたのである(Torné-Chavigny, id., p.217)。但し、トルネは旧約聖書の記述に引き摺られ過ぎて本詩の全体像までは透徹出来ていない感じが残る。他方、イオネスクは、borneaux の語末 –eaux に「水 eau, water」の意味を看取し、Waterloo Water-に重ねてワ-テルローを導出した(Ionescu, 1976, p.732)

 

この二人の説を活かせば、borneaux というノストラダムスの新造語は、bournoisという基本語を下敷きにおいて、born + eau = borneau という謎語を作ったと推察される。それは総合的に「ワーテルローの蜜蜂の群れ」といった意味が隠されている語である。事実、ここでBORNの源と見られるBORNE (境界石) という語が12世紀に初めてフランス語に入って来た時は、BOURNE という形であった (Bloch & Wartburg)

 

他方において本来の「蜜蜂 abeille」という語は『預言集』で2回しか登場せず、いずれもナポレオン軍兵士を表している:abelle [abelhos に引き付けられた形] (X-24, §542), abelhos [プロヴァンス語] (IV-26, §439)。本詩の場合は含意されているのみだが、矢張りこれら2例の用法に合致するものと言える。IV-26詩はナポレオンの第一次北イタリア遠征の時、X-24詩は本詩と同じワーテルロー敗戦時のものである。しかもその中には下記に見る事態と同趣旨の敗戦原因が示されているのである。

 

七つの噴煙は蜜蜂軍団の大砲から消え失せて」:七つというのは、相当多くの不定な数を表すノストラダムスの常套的用法であり、この場合は、ナポレオン軍の相当多くの大砲が火を噴くのを止めたという事は、戦闘の敗色濃厚な状勢を意味する:「(1815618日午後)7時になった。ナポレオンは騎兵隊と精鋭歩兵部隊の最後の突撃を命令し、それを30門の大砲で援護させた。この突撃は平然と受け止められたが、まさにその時、ビュロー指揮下のプロシア軍団が3万の兵力を以て現れた。この軍団はフランス軍突撃隊の右側面を攻撃するが、押し返され、大きく損なわれた。だが別の3万のプロシア兵が大将(ブリュッヒャー)直々の指揮のもと、直ちにその救援に駆け付けた。ウエリントンはそこで自作戦の主と成り得て、その前線の全体にわたり自ら攻撃に転じた。フランス兵達の最終突撃を援護すべき30門の砲は、弾薬を使い果した。そして、黄昏時、ブリュッヒャーはフランス兵に襲いかかり、そこに混乱をもたらした。最も勇敢な者達が退き、武器が全て混じり合い、兵達はひしめき合い、ぶつかり合い、畑を突っ切ってジュナップへ通ずる泥川チュイのほとりへと殺到した。敵は軍備品のすべてを収奪する作業に集中し、それ以上の追撃はその支障となるのでしなかった。フランス人の死傷者は、敵に拉致ないし捕虜にされた者を除いても、戦闘員の半数に達した。」(Montgaillard, VIII, p.207-208)

 

この4行目の記述は、ナポレンが砲兵隊を駆使する達人であったことから、ワーテルローの最終戦でその砲のいわば「種切れ」の為大敗を喫したという自己矛盾的悲劇を思わせて、大預言者ノストラダムスの犀利・的確な観察眼を証明する傑作となっている。「彼の会戦計画は、有力な一部で敵を正面に拘束し、主力をもって側背から包囲攻撃するか、その逆に、有力な一部をもって敵の側背から攻撃して敵主力を拘束し、主力をもって正面突破するものが常套策であった。主攻に対しては砲兵の主火力を指向して支援した。ナポレオンは砲兵の機動力を最大限に活用し、彼の戦闘の切り札とした。彼はグランデ・バッテリー (Grande batterie) と呼ぶ砲兵の集中運用で敵陣を細断してフランス歩兵の攻撃前進を容易にした。」(松村劭『ナポレオン戦争全史』原書房、東京, 2006, p.12-19)。

 

そして、上述のX-24詩に「[ナポレオンは] 外国人達の大いなる奮闘によって負かされた、火器発砲は墜落 (saut coup de feu)、樽一杯の蜜蜂の体液」という表現が見られるが、「火器発砲は墜落」という変わった表現は「弾薬を使い果して急に止んでしまった砲撃」という意味であろう(フランス語saut には「運動の中断 mouvement interrompu[Petit Robert] という意味がある)。又「樽一杯の蜜蜂の体液」とは、「蜜蜂即ちナポレオン軍兵士達の多大の流血」という意味だろう。

 

イオネスク解、竹本解の根本的錯誤:

イオネスクは前述のように本詩にワーテルローの戦いを看取し、圧政者ナポレオンの敗北を見ると同時に、そこに第二次大戦における不遜な日本の敗戦を重ね見し、更には原子爆弾被爆の様さえも見えると言う驚くべき解釈を展開した。だが、彼のその議論の全体に付き合う労をとる以前に、ただ1カ所に関する彼の根本的錯誤が容易に指摘されるし、イオネスク解を巧妙に下敷きにして最近の福島原発事故の惨状を読み取ったという竹本解もイオネスクと同じ轍を踏んでいるので、此れも容易に且つ同時的に論駁される。

 

その問題の1カ所とは、Sept. fum extaint au canon という句、特にextaintという語の意味の取り方である。これを我々は「消え失せたextinguished」という意味で理解したが、彼等は違う。イオネスクはそれを「拡がった、広大な étendu (extended)」という意味に取った。つまりはétendre (広げる、拡張する to extend) という動詞の過去分詞形と考えたのである。するとそれは結果的には「消え失せた」とは完全に逆の意味になってしまう。 そこで「原子爆弾の爆発によって生じた煙は、ナポレオン帝国を終焉させたかの有名な戦闘に参加したヨーロッパの諸軍隊の全てが生じさせた煙よりも7倍も規模が大きいであろう」という珍妙な説明に達する (Ionescu, 1976, p.730-731)。竹本の場合もこれに倣い、「大釜(圧力容器)は、爆発の煙を 七門の大砲(おおづつ)よりも広大に噴きあげて」となる(Takemoto, 2011, p.752)。いずれも、自らが前提とした原爆または原発の核エネルギーの強大さを示していると考えたのである。

 

では、extaintという語は本当に、イオネスクがご丁寧にも註したように、「Latin : extendere = se répandre, s’étendre (拡がる、拡大する )」(Ionescu, id., p.730)という動詞から来たものであろうか。確かに素人目にはいずれも良く似ていて、どう判別したらいいのか、迷うかもしれないが、ラテン語からフランス語への転移に伴う語音及び綴りの変容には一定の規則が認知されているから、その基本原則に戻って検証する必要がある。

 

そうすると、ラテン語 extendere であった語が、フランス語になって行く際、extaindre (extaint を派生させた元にあると推測される動詞不定詞形) という形にはならないという事が断言できる。何故なら、「E がm又はnと出会う場合、e音はa 音に成り、残存するeは起源の単なる名残にしか過ぎないのである。例えばtempus (テンプス、時間)tempsとなるが、発音は「タン tans」、lentus (レントゥス、遅い) lentとなって、発音は「ランlant」、prudentem (プルーデンテム、思慮深い)prudentとなって、発音は「プリュダンprudant」である。」(Scheler, p.76)

 

従って、この原則によれば、ラテン語 extendere (エクステンデレ、拡張する)は、フランス語化する場合はextendre となって、発音は「エクスタンドル」となる(普通はex- という接頭辞はes-, é-となるので、extendreestendre, étendreとなる)。

 

逆に言えば、eaiという母音に変わる形は起らないので、extendere イオネスクの主張するようにextaindreに変わる事は無いのである。実際、『預言集』におけるノストラダムスのこの語の用例を全部挙げると、estendra (VI-42: It will extend), extend (I-23: It extends), estendu (III-13: extended), son extendue (II-70: its extent) とある如く、規則通りであって、-ai- という母音形は存在しない。

 

他方、先に見たように、extinguere (to extinguish) に由来するexteindre, esteindre, éteindreは、その-ei- という母音部分が-ai- となるのも全く規則に合致したもので、意味及び発音に変更はない。ノストラダムスの用例は-ai-となっていた。

 

故に、イオネスク、竹本等の extaint = extended という解は完全明白な誤りである。extaintには、exteint = esteint = éteint = extinct = extinguished (消え失せた)という意味しかない。では次に彼等が前提にした「原爆」又は「原発」との関連は正当化されるのか検討してみよう。

 

イオネスク解の錯誤:

彼は先ず、planure という語を、我々とは違って、「飛行機aviation, plane」と解する(Ionescu, 1976, p.713)。フランス語 planure には先に述べたように「鉋くず」か「平野」の意味しかなく、本来「飛行機」の意味は無いが、飛行機 plane の語源はやはりラテン語planus に存するので、この説は一応成り立つと認めていい。もっとも彼はそれを「スペイン語」から来ていると言うがどうなのか。そして、「chauderons は、《chaud-feron 熱を-生みだす》と読み、巨熱を生む原子爆弾の特性を表す」(Ionescu, id., p.730)というが、これはテキスト自体の許容範囲を越えた過剰解釈だろう。

 

イオネスクは、自分がノストラダムスの『預言集』の中で予言されている代表的な解釈者だ (Ionescu, 1993, p.50-59; Takemoto, 1991, p.239-246; Takemoto, 2011, p.567-604) という自負が余りに強く、例えば19世紀のトルネ・シャヴィニも実際は彼に勝るとも劣らない最高の解釈者であるにも拘らずそれを素直に認めず、そこから無断で引用して出典を云わないと疑われ得るような有るまじき態度も見せている。例えば、先に述べたように、トルネ・シャヴィニは、本詩を概略ナポレオン関連詩と読んでいたので、ワ-テルローへのナポレオン軍の進軍経路を辿りつつ古地図(1570年出版の『地球劇場 Theatrum orbis terrarum』)を調べて行くと、7 born という地名に行き当ったのであるが、この地名をイオネスクも自分で発見したように書いているが、それは違うだろうと私は思う。以下に二人のその話を直接引用するので、読者各位は自分で判断していただきたい。

 

BORNEAUX という語に関してどんな辞書も私にその解釈を与えてくれなかったので、それが詩の中に在るのは出来事の場所を限定する為なのではないかという事を調べたくなり、1570年に出版された『地球劇場 Theatrum orbis terrarum』)を紐解いた。するとそこに、bornという名前で記された一つの場所があった。即ち、私はその地図帳の中の『ブラバントBrabantの地図 』を開き、1815年のナポレオンのようにサンブル川を渡った。私は彼と同じくブリュッセル方面へと進んだ。そして彼がブリュッセルから16キロのワーテルローに停止したように、私もワーテルローより先には行かなかった。そこの所に、現在はワーテルローと記されている正にその場所に、私はbornという地名を読んだのだ!私がもう20年前から所持しているこの地図帳が無かったら、私はこの四行詩の終結部分を解釈することは叶わなかったと思います。」(Torné-Chavigny, 1861, p.217)。

 

「ノストラダムス時代の地図帳(Theatrum orbis terrarum,1570)の中に私はワーテルロー村がSept-Born と呼ばれていた事を見出した。」(Ionescu, 1976, p.731)

 

そして、イオネスクを師と仰ぐ竹本はこう言っている:「なお、この四行詩は、今日の今日まで、誰によっても解読不可能とされてきたものです。わけても、原詩最後の一語、《borneaux》(ボルノー。ただし、異本にボルドーあり)が、最高度の暗号で、これにただひとり正解を下しえたのは、またしてもイオネスクでした。なんと彼は、ノストラダムス時代の地図まで精査して、そこから「Sept-Borneaux」(セット = = ボルノー)という地名を見つけだしてきました。そしてそれを元に名推理をほどこしたのです。」(Takemoto, 2011, p.755)

 

イオネスクがトルネ・シャヴィニとは独立に、自分で実際に当該地図帳を見読して、自ら「Sept-Born」というワーテルローの旧名を発見したのかどうかは不明ながら、竹本が云う「Sept-Borneaux」は明らかに蛇足付きで、鍵はシャヴィニのいう「born」に対して、イオネスクのいう「Sept-Born」が当該地図の記載通りか否か、に在るだろう。**

 

** N.B.

遅まきながら、この度、問題の地図『地球劇場』:Theatrum orbis terrarum (Ortelius, Abraham; Diesth, Aegidius Coppenius; et Lhuyd, Humphrey, Theatrum orbis terrarum, A. C. Diesth, Antwerpen, 1570) を参照することが出来たので追記したい。有り体に言えば、後に Waterlo (cf. Jaillot, 1720) 又はWaterloo という地名を付与される当該場所は、1570年刊『地球劇場』では、「7. born」となっている。従って、これは、イオネスクの云う「Sept-Born」とは違うし、シャヴィニの云う「7born」とも違うが、しかし後者は真正表示に最も近似している。思うに、7. born のアラビア数字 7 に付帯するピリオド (.) が、我々現代の表記法には若干不自然に映るのであるが、しかしこれは、ノストラダムス時代の習慣に由るもので、当時は、アラビア数字にこのようにピリオドを付して、それが数字であることを示していたようである。実際、ノストラダムス『預言集』の「アンリ二世宛て書簡」(№ 3)でも、年号(1585.1557.)、日付(25.7.22.9.24.16.)、度数(50.52.48.)を表すアラビア数字には、ピリオドが付いている。これは実は、アラビア数字に限ったことではなく、ローマ数字にも妥当する。ノストラダムス自身から例を引けば、XIII. de Fevrier (III-96[§593]: 13 of February)ce I. de Mars (息子セザール宛て序言[№ 1]: this 1st of March)ce xxvij. de Juing (アンリ二世宛て書簡: this 27 of June)等がある(日付のある預言詩7(続): III-77 第三サンチュリ77詩 (§327)参照)。そういう理解であれば、シャヴィニの云う「7born」は、彼が実見したであろう「7. born」の「ピリオドを余計ないし無意味と感じて略した姿」であって、彼は既に我々と同様、アラビア数字にピリオドを付す習慣を脱していたのである。ところが、本預言詩IX-14詩の原文には、Sept. というピリオド付きの数詞があって、これはまさしく、当該地名の原形「7. born」の「7.」をも、他の意味と共に、指し示そうとしたものであろう。因みに、『地球劇場』1571年版 (Mylius et al., 1571)1573年版 (Ortelius et al., 1573) も同様の表記(7. born)となっている。[2017316日記]

 

ついでに云えば、シャヴィニのすぐ後に出たノストラダムス解釈者ル・ペルティエ(Le Pelletier) をイオネスクは彼以前の解釈者の中で最高度にすぐれた功績者として絶賛しているが、しかしル・ペルティエは、最近パトリス・ギナールも指摘したように (「『ノストラダムスによって預言され判断された歴史』というトルネ・シャヴィニの著作はノストラダムスの『預言集』に関する最も高名な霊感を受けた解釈者の大作であるが、これはル・ペルティエによって剽窃されたし、又、トルネ・シャヴィニに対するル・ペルティエの借りを知らない後の殆ど全部の解釈者達によっても間接的に剽窃された。」(Guinard, 2010-2012) )、その解釈内容の殆ど全てはシャヴィニの全3巻 (1860-1862)に盛られた浩瀚緻密な研究を無断で取り入れたもので(当時は今よりも著作権意識は薄かった)、ただ印刷出版業を自らの生業とするメリットを活かし、ややもすると記述が終る事なく延々と続いて読者を忘れてしまうかの如きシャヴィニの筆力に対して、簡潔得領に、一定のスッキリしたレイアウトの中で説明を再構成したが故に、一般読者には馴染みやすい、というだけであって、イオネスクが専門家としてル・ペルテイエに捧げた最高度の讃辞(「ノストラダムス言語ならびに予言に関するナポレオン三世時代までの最良の書。著者の解読法はこんにちなお科学的解釈のモデルである。二十世紀のノストラダムス研究家たちは、ル・ペルティエの研究した時代に関して正確な解読を行なった場合でも一般にこの著者の考えの焼きなおしをしたにすぎず、しかもほとんどすべて、その引用源を示すことを忘れている。」(Takemoto, 1991, p.342-343))は、原理的には、トルネ・シャヴィニに対して差し向けられるべきものである。実際、研究内容自体に関しては、ル・ペルテイエ自身の寄与は、その著作中の10%にも達しておらず、90%以上はトルネからの転移である。たった一カ所でル・ペルティエはトルネからの引用である事を断っているが (Le Pelletier, I, p.288)、それでは丸で他の部分は全て自己独創の解釈であるかのように聞こえるのである。

 

かくの如きその個性的な文学的背景のもと、イオネスクは詩句の一次的本義的用法よりもその「奥の深い意味」を追求しようとする意欲が強すぎて、しばしばこういう「不当な過剰解釈」に陥る。例えば、VI-61詩(はじめに5 1552-3年メッス攻囲戦の詩は存在しない ()参照)に唯一登場する「タピスリー」という用語について、イオネスクは全く不適当に「ロシア10月革命の諸裏面coulisses(Ionescu, 1976, p.462)と解している。これでは、「視野全体を華々しく煌びやかに飾り立てる」豪華な絵巻というその具体的ニュアンスが全然活かされないで、全く反対に、隠された暗い危険な世界という逆の意味を強制してしまう。彼の強引過ぎるという悪い面が出た解釈例と言える。

本詩の chauderonsという全く日常的な用語についても、第一にその一次的意味を適用して見るべきで、むしろ世界史的大事件の中でのこういう平凡な用語の使用には、歴史的唯一性、個性的事実の徴表という機能が伴うと期待されるのである。事実、それは戦時の緊急的物資要請の中で有り勝ちな「一般国民からの半強制的・半自発的な日用金属類の供出」という側面をシッカリと示唆している。

 

更に、「infecteurs は原子爆弾の爆発が生みだす有害放射線」(Ionescu, id.)というのも、infecteur infection という紛らわしい二語を混同した詐術に近い。何故なら、infecter, infection, infect, infectieux という一連の語は確かに「汚染する、感染、悪臭を放つ、感染性の」等の意味だが、そこには「感染させる者、汚染者」という意味に当るようなinfecteur という語はフランス語史の上で成立してはいないからである。

 

しかしラテン語には語形上 infecteur に相当するinfector という語が「染める人、染物師」という意味を有って実在しているのだから、それに当てるのが最も合理的である

 

そして、第一候補たるこれが到底意味不明の結果に終わったなら、そこで第二の案として、infecteur を「汚染者」と読む機会が与えられるだろう。実際、infector infection, etc. も語源は同じラテン語 inficio (混ぜる、染める、汚す) に在るのは確かだから。

 

では仮にこれが認められたとして、イオネスクは続ける、「fourneaux は熱核反応施設、即ち原子炉とか核反応炉と称されるもの」である。そして、彼の想像的頭脳には、「葡萄酒、蜂蜜、オイルは富める国アメリカ合衆国を表すので、アメリカが原子炉(fourneaux)を利用して制作した(constructed) 原子爆弾」というイメージが浮かぶらしく、それが「飛行機に乗せられて (put in the plane)」日本へと向ったらしい。

 

彼の粗雑な推論は好調に続く:「3行目のmalfacteurs sans mal dit はこれから為さんとする悪事を言わないままそれを実行するという意味の洒落で、奇襲攻撃を意味し、真珠湾の米軍基地に対する日本人の宣戦布告無き攻撃を暗示する」(Ionescu, id., p.730-731)。要するに「不誠実な仕方でアメリカを攻撃した日本人は、自国の海に沈められるだろう(seront plongez, shall be plunged)

 

この爆発で生じた煙は、ワーテルローにおいて戦争参加国の軍の全部の大砲が噴いてその空を暗くした煙よりも7倍も広大に広がって行くだろう。」(Ionescu, id., p.732)

 

これはいわゆる「原爆のきのこ雲」の高層拡散をイメージしたものであろうが、しかしテキストに忠実な読みは「煙は消え失せたり」という意味でなければならない以上、このイオネスク解は不条理であり、成立し得ない。きのこ雲もそのうち消えるが、しかしそれがテーマなら、「消える」という描写を敢えて選ぶことは詩作者には全くあり得ないだろう。又、「7」というのも、「7倍」とは読めず、「7つの煙」と読むのが道理である。

 

そして、「大砲」は「蜜蜂の群れの大砲」として限定され、ナポレオン軍のそれを指しているので、その煙切れはその敗色を暗示するが、「ワ-テルロー戦全参加国軍の全大砲」と読ませる起因は本詩内には見当たらないのである。

 

仮にそう読んだ場合は、「煙切れ」は単に「戦闘が終わった」ということを表すのみで、肝心の勝敗の行方は関知しないという投げやりな作詩家という事になろう。ノストラダムスの預言詩は多くが戦争を扱い、その勝敗の帰趨を常に示している事を銘記しなければならない。

 

最後に付加すれば、sans mal dit mal facteurs は、普通は sans mal dit [ni] mal facteurs(悪口を言わず、悪い行為もせず)として、両方に否定が係ると見るのが常識で、 malfacteurs sans mal dit (悪を言わないでいる犯罪者)と読むのは相当不自然である。

 

竹本解の錯誤:

イオネスクを「我がルーマニア人師匠」(Takemoto, id., p.751)と呼ぶ竹本の解は、イオネスクの二の舞を演じ、その同工異曲を奏でている。IX-14詩の彼の解釈は次のようになっている。

 

平地に置き並べられた大釜(圧力容器)は

酒と蜜と油(超高エネルギー)の(原子)炉からの放射能漏れとなり、

悪人ども悪を告げず 水に没するであろう----

爆発の煙を 七門の大砲(おおづつ)よりも広大に噴き上げて。

 

「いまや、世界中が映像で見て知っているように、福島原発は、《大釜》(圧力容器)全六機が太平洋岸の堅牢な《平地に置き並べられ》ています。その密閉した中にある《炉》とは、原子炉にほかなりますまい。原文を直訳すれば《汚染する大釜》(chauderons d’infecteurs) と云われているのですから。二行目、《酒と蜜と油》は、ノストラダムス用語例からして、超高エネルギーの比喩であることが分かります。従って、詩篇の前半は、炉心溶融によって大釜=原子炉圧力容器から放射能が漏れ、甚大な環境汚染が生ずる-----との意味であると解されます。」

 

それにしても、「染物師の釜」と云うのが原義と思われるが、それは大抵上部が大きく開放され、蓋があるとしても使用時は蓋を外しているので、それがどうして徹底的に密閉されている「圧力容器や格納容器」を表し得るのだろうか。そして、「平地に置き並べられ」と云うが、そういう「***の上に」という表現の場合はen という前置詞ではなく、sur (on) à (at) という前置詞がフランス語としては適切である。en は英語のin, into に近く、先に述べたように「***へと変化する先を指示する前置詞」と見るのが一番適切である。

 

竹本訳は、大釜と炉を全く同じ意味で捉えているようだが、その場合bastis sur (constructed on)」という句はどういう役割をするのか、不明になっている。もしかしてそれは「酒と蜜と油という超高エネルギーが原子炉で作られる(constructed on)」とでも言おうとしているのなら、batir (to construct) がそのように用いられるとは誰も納得しないだろう。

 

又、「酒と蜜と油は、ノストラダムス用語例からして、超高エネルギーの比喩であることが分かります」と言うけれども、そういう用例がほかにもあるだろうか?

 

そして、あと幾らもっともらしい説明が続いても、そして福島原発の水素爆発と噴煙の惨状を強調すればするほど、最終的にはextaint という一語に躓き、それだけ一層不条理性を増すほかないのだから、竹本訳は基本的に維持され得ないのである。

 

最後に一つ指摘すれば、イオネスクの「大砲が噴いてその空を暗くした煙よりも7倍も広大に広がって」という説明、並びに竹本の「七門の大砲よりも広大に」という説明に共通する点だが、その「***よりも広大な」の「よりも」に対応するフランス語原文は à という前置詞(au canon au à leの縮約形で含まれる)であろうが、しかしà にはそのように比較の基準を提示する機能、つまり英語の than という接続詞に相当する機能は無い。結局、「***よりも広大な」という解釈は、「よりも」も「広大な」もいずれも文法的に原文に適合していないから、「***よりも広大な」という全体も完全に崩壊せざるを得ないのである。

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日本関連詩7 ウォールストリート・クラッシュ

日本関連の預言詩7
VIII-28詩 : ウォールストリート・クラッシュ(1929.10- )

前々回見たように、V-32詩(万事順調で全く日月が豊富な所、豊かなる東、その破滅は近付いて居る:汝の運命(財産)は天から身を乗り出して空を進む(落下する)。第七の巌と同じ状態になって)が 日本のバブル崩壊 (1990-2000)を詠っているのに対して、次のVIII-28詩は1929年10月に端を発し世界的に波及して行った米国の恐慌を預言したものである。なるほど1-3行目は恐慌一般を指すだけだが、4行目の表現は注意して吟味すれば日本には当てはまらない事が分るのである。

VIII-28詩(§769): 株式バブル・破裂・悲劇 (1929.10-)
金銀の模造品が膨張し、
その結果、誘拐の後、湖水に投じられるだろう。
全員が債務不履行となり、消え失せたり困窮したり、
銘が刻まれた大理石の間に既に刻まれた大理石どもが挿入される。


Wall Street Crash (1929.10-): VIII-28.
The simulacra of gold and of silver so inflated,
That after the kidnapping in a lake were thrown.
In debt extinct all and troubled,
Among the inscribed marbles the before-inscribed ones interjected.


( Les simulachres d’or & d’argent enflez,
Qu’apres le rapt au lac furent gettez
Au descouvert estaincts tous & troublez.
Au marbre escript prescripz intergetez.)

金銀の模造品」:証券(株等の有価証券)を指す。多くの論者は紙幣 (paper money) と解する(山根和郎(Cheetham), 1988, p.260; Laver, 1952, p.222; Hogue, 1997, p.640; Halley, 1999, p.143)が、しかし紙幣(銀行券)は特に金本位制の下では金と同等であり、管理制度下でも法的公的保証を持つのに対して、証券は全く私企業性のもので、最も模造性が高い。しかも紙幣、郵便切手、収入印紙等の「金券」は「有価証券」のカテゴリーには含まれず、両者は基本的に性格が異なる。その最も顕著な違いは、金券、取り分け紙幣が「無価値になる」事は無いのに対して、有価証券はその発行企業等が倒産したりすれば文字通り価値零と成り得る。従って、「湖水に投じられる」という2行目の記述が「紙くず同然と成る、全く無価値になる」と云う意味だとすれば、その事は紙幣には妥当せず、有価証券にしか当てはまらない事が分る。この表現を紙幣ではなく「有価証券 papiers et valeurs」として理解した解釈者は唯一、ドクター・フォンブリュンヌのみである(Fontbrune, 1939, p.135)。

誘拐」:これは「子供の誘拐 kidnapping」というのが本義であるが、証券の暴騰・暴落という文脈の中では「大切な証券の金融価値の喪失」、つまりその「暴落」(虎の子を失くす)を意味する。

湖水に投じられる」:「無価値になることwill be worthless」(Lamont, 1942, p.142)。

「債務不履行」:原語 descouvert は「赤字 deficit、資金ショートshortage」を意味する(Dubois)。

消え失せ」:原語 estaint (extinct) は「命が消える、死亡」を意味する。この場合は資産喪失を悲観した自殺が主に考えられる。

銘が刻まれた大理石」:これは明らかに墓標・墓石のことである。次の「既に刻まれた」という言い方に対比して、これは新たに銘刻され建てられた墓石、最近亡くなった人の墓である。

既に刻まれた大理石ども」:これは上記事項に対比し、「以前から建てられている銘刻付きの既存の墓」という意味だろう。原語 prescripz は les marbres prescrits (the before-inscribed marbles) の意味であろう。

銘が刻まれた大理石の間に既に刻まれた大理石どもが挿入される」:これは事柄を反対方向から描写した表現の彩で、実際は「以前に刻まれ建てられた墓石どもの間に、新しく刻まれ建てられた墓石が挿入される」ということである。

さて、この最後の記述は、「個々の死者ごとに新しくその個人の名前を刻んだ墓石を建てる」という一般的風習を背景にしたものだから、日本のように家族単位で一つの墓石を建てて維持し、同じ家族内の人々が共同でそこに埋葬されるが、必ずしも死者個々人の名前は刻さず、「***家の墓」「先祖代々の墓」として満足するという風習の大方定着した文化圏には当てはまらない。

従ってこの詩は、日本の1990年代の恐慌ではなく、1929年秋から1930年代初めにかけての合衆国の恐慌を預言したものと見てよい。実際、当該恐慌時期、合衆国は「金本位制」を採用していて、それを停止したのはやっと1933年3月だった。よって、当時、銀行券は「金銀の模造品」ではなく、レッキとした「金の兌換体」として金銀と同等・同価・同値であって(もっともその兌換機能自体は事実上は機能不全に陥っていたが)、語られているのは「銀行券以外の証券・株」だという事が推断できる。そして実際にも、銀行券自体が当時暴騰・暴落を経験した訳ではない。第一次大戦後のドイツ・マルクの場合は極端なインフレーションに陥った例であるが、アメリカではドルにそいう事は起こらなかった。

「株が下がり始めたのは1929年9月で、10月にはパニックになった。パニックが終わった11月13日の株価指標は452ドルから落ちて224ドルだった。これにおかしな点は何もない。急上昇の一年を経た1928年12月にはたったの245ドルだったのだから。しかし値はゆっくりと、だが容赦なく下がり続け、その真の函数たるべき経済実体を反映しなくなった。そして代りに暗い運命の機関と化し、アメリカ全国民を、そしてそれに続いて全世界を、破滅へと連行した。1932年7月8日までに、ニューヨーク株式指標はパニック終了時の224ドルから58ドルに落ちていた。」(Johnson, 1991, p.240-241)。

この最高値452ドルに対する底値58ドルは、12.83%水準への下落であるから、1990年代の日本のバブル崩壊の下落幅:38915.87円 → 13785.69円 (35.42パーセント水準への下落)よりも圧倒的に猛烈な暴落であった。因みに昨日(2011.10.4)の日経終値8824.59円はピークに対して22.68%水準であるから、これは相当危ない数字になっている。
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